Friday, March 30, 2007

どういうこと?

まー、本当に解らないというか、これは明らかにすり替えなんてものじゃあない解釈?
解釈どころではない、そっちに向かうべくの準備がなされている。
どんどんと、なし崩し的に。

これを警戒しないほうがオカシナ話だ。

それはまず、ケンポウを変えるということの前提から始まっていること。
コクミン投票云々の法律どうのこうの。

俺のうがった見方だろうか?
ケンポウを変えること自体が、変えるという人達の理由が、「外国に強要されたものだ!」としているかららしい。
ケンポウ自体、今までも変えられたはずだ。
問題は、何故今なのか?

外国に押し付けられたものなら、今回も「外国に押し付けられて変えようとしている!」ことを知らなければならない。

何故ならば、戦争そのものの「起きる理由」が、民族間の争いや大義名分とかでは、全く無いということなのだ。
全ては経済的な理由、つまりは、資本主義だろうと共産だろうと「他のところからブンドル!」という構造から戦争が起こるからだ。
その究極の経済行動そのものが、「戦争」の正体なのだ。
その観点から見れば、全ての戦争がこれに当てはまるだろう。
それをし易くする為の「教育基本法」改悪であり、ケンポウを変えるということなのだ。
そんな傾向に益々拍車がかかっている。
当時あれだけ暴れまわっていた団塊の世代は、一体どうしてしまったのだ?
「革命騒ぎ」をしろと言っているのではない。
更に戦争体験者達は、この状況をどう見ているのか?
全くと言ってイイほど何も聞こえない。
何故だ?
そして沖縄の終戦間際に自決強制ということも、教科書がその表現をワンキョクしはじめている。
何だこれは?
なんなのだ?!

自称パンク、そしてラッパー、否!全てのミュージシャンは、行動しなければ嘘だ。

NO!と言え!

Wednesday, March 28, 2007

ダイヴ トゥー ケイオス

ケイオスというのかカオスというのか、定かではない。
最近に思う事。
カオス(としておこう)というのは、特別なことではないのではないか?
普通・・なのではないか?ということ。

人間が、グチャリと入り乱れている様、この光景を目撃して気がついた感がある。
そこには、「人間だから」善も悪も?良いも悪いも憎悪もアイも、全ての業が入り乱れ、こんがらがり、矛盾を孕み、でも生きていかねばならぬ、否、生き抜こうとする意思のようなものがあるように思う。

都市とは、人間が生み出した幻影でもあり、また現実でもある。

ゆりかごのような、しかし生死を翻弄される厳しい荒野のようでもある。

街は、そこに居る人間達の無意識を残酷なまでに映し出したりもする。

さてトーキョーとは、何だろう?



ある映像にて、ある国の街の光景を目にした。

そこは、あらゆる文化が軋みながら交差している所だ。

その街の光景をバックにナントも切ないメロディの歌が画面に流れ、その歌詞のテロップには、こう記されていた。

「この街の人間は、皆自分勝手。
自分の事しか考えてない。
この街の人間は、皆詐欺師。
誰も信用できない。
でも、この街に生きる・・・」等。

NYもベルリンもアムステルダム・ウィーン・ソウル・香港・シドニー・・そしてトーキョー。

皆違うが、皆そうだ。


俺の音楽?は、何故かグチャグチャ・・・といっても、そんなにノイズの嵐というほどでもないが。
しかし俺にとっては、いいとか悪いとかを別にして、しごく当たり前にやってきた。

むしろ、これが普通・・と言わんばかりに。

何故だろう?と、自問自答もしたが、勿論答えは見つからない。
せいぜい、まとめるのが嫌なだけ?とか、めんどくさいとか、同じ事を弾けない・・とか。
そんなどうしようもないことを思うだけだった。

ただ「制御」という方向には、抗っていたのか?とも思う。

トーキョーは、世界的に見ても、かなり制御されたところだ。

人の顔が、見えにくい場所であると思う。

俺の音楽は、多分「剥き出し」なのだろうか?

先の映像のミュージシャン達にいっぱいのシンパシーを感じる。

繋がりたいのは、こういう連中だ。



迷う事は、ない。すでに?否、元々そうなのだから。

ダイヴ トゥー ケイオス

行きたいところは、もっと向こうだ。

Sunday, March 04, 2007

人の価値・・・

タイトルに「人の価値」と書いてしまったが、一体何の事やら・・・
自分でもワカラン。

わからなくてもヨロシっと、するしかねえな、こりゃ・・・だと、おわっちまう。

最近、俺の友人にいい事があった。
そいつは、今から思えば、何だか友達がいっぱいいて、自分の行き方も、俺から言わせれば、器用に生きてきたような気がする。
器用といっても、そんなに大袈裟でもなく、地道にやっている奴だ。
ナニセ人柄がいいのだろう。
俺も随分と世話になっている。

そんな彼をぼんやりと考えながら、久しぶりに会った旧友達と暫し話し込んだりした。

話題といえば、仕事の事などなど・・・

俺は会社員ではないので、彼等の感覚とは、やはり違う。
違うのは、当然。
でも人間をはかる、ある種の基準というのが、年収だったりもする。

「大企業が・・・若い奴等が・・・」

そりゃ金が多いほうが、この世の中、っつーかこのクニ?生き易い。
そうなんだろう。だよなー。
俺は、そういうことは、まるっきりご縁が無いもので知る由も無い。
なんだかなあ・・・・

企業に勤めるのがいいとか悪いとかじゃあないが、「個人的な意見」というのが、彼等からは聞こえなかった気がした。
場所とか状況が悪かったのか?

逆に言えば、あまりにも無防備に俺がそういうことを言ってしまうのかもしれない。

まー、いつもここでホザイテイル「戦争」とかの内容だったからねー。
言いにくかったのかな?みんな。

テンカコッカを論ずるなんざぁ、ちぃとハバカルってぇものなのかね?

所詮「小物」の戯言でもいいじゃん!とか思うのだがなあー。

テンカコッカというより、俺達人間は、まず、お天気にスゲー影響を受けるよな。
むしろそっちが、本当は大切なんだけどなあ。

オテントサンにひれ伏してないとなー。

なんかなー・・・