Sunday, May 23, 2010

音楽情報量の差というか?

おやまあの連続投稿。

で、最近ネットラジオってのでアフリカのチャンネルに接続したらさ。

それが!
カッコイイんだ!音楽が!
まー、コンプーターで編集しまくりだけど、そういう音は若い連中、抵抗無いじゃん?

で、そんなカッコイイ音楽は、このニッポンでは中々聴けないのだ。
普通に聴けないというか、流れない。

ドメスティックなもの・・JPOPが悪いってんじゃあなくて、ネットで世界中とかね?情報化社会とかいっちゃっても、全然閉鎖的なんじゃあねえか?と思っただよ。
特にテレビ

まーテレビに始まる放送・新聞・ネットなんかの情報は、基本的に操作されているってことがバレバレなんだけどさ!

そればっかりが流されるから信じてしまうのだ!

結局自分で探すしかない。
その大事なセンスがあればこそ・・なんだけれどね!

デジタルアーダコーダ

ちょいとネットニュースやらを覗いてみれば。

なにやらブルーレイの200倍?可能な新素材発見BYニッポンとな。

うー。

で、音楽業界CDじぇんじぇん売れませーん・・・ってのと、考えてみると。
なんなんだろーね???

LPからCDへの移行期から音楽業界に足を踏み入れた・・といってもバンド稼業をやりだした時期なのだが。

LP・・アナログからCDデジタルへの移行するに、「ノイズが無い」とか「音がいい」とか言っておった。
でも「音」の情報量でいえば、よく解っていないけれど・・・アナログのほうが多いように思う。
で、CDでの話。
CD・・というメディアには、ご存知のようにCDRなんかでもせいぜい800メガ位。
んだから人間の耳の可聴域以外の低域やら高域を「CD版に入らない情報量だから」と削った。

まー、録音時の機械やらAD/DAコンバータやらハード面が、無理矢理な移行だったが為、結果的に遅れていたのだと思う。
で、今ではまあナントカなっているよね。

まー、それから「音」が「データ」?として今じゃあ闊歩している訳なんだが。
うー、そういう訳か????

データねえ・・・

データだろうがナンダロウが関係無い!
音は音。

で、そのDVDの登場からブルーレイですか?
で、そのブルーレイの200倍の記憶媒体????


ってことはさ。

CDで入らない不可聴域の大事な音の帯域も、デージョーブ?ってことなんじゃね?

最近パソコンで編集ソフトってのでアアタラコウタラ自分でやりだしたのだが、やれ16ビットだぁ24ビットだぁと、44、1やら96?やら??

で、そのビット数を上げるイコール解像度って気がしているんだけど、いいのかね?
それでもってメディアに情報量がいっぱい入る・・ならさ。
ワザワザMP3だかに圧縮なんてケチクセエ真似をやんなくてもいいってことだろ?

解像度をビンビンに上げたハードとソフト・・やらなんやらっていうのかね?
それになっていくってこと?

音が良くなる・・・解像度が上がるのは、まーいいこととしてみるか!でいいように思う。

オレは、未だ聴いたこと無いのだが、アナログLPを非接触(たぶん光だったか?)でのアナログLPプレイヤーがいいんじゃあねえか?と思っているんだが。
未だ作っているのかな?
多分新潟にあるメーカーだったようにウル覚え。

だよなあ。
結局ハードメーカーの大合唱でCDに移行した(ユーザーに買わせようとした=テレビデジタル化も同じ流れがある・・理由はもっとエグイけれど)のだが、音楽がネットやらで無料でデータとして飛び交ってしまったもんだから、デジタル化したツケが、メーカーと業界?に跳ね返ったってことじゃんか?
無料ダウンロードってやつでね。
メーカーやら業界縮小やら倒産の嵐だったもんねえ。
で、馬鹿げた宣伝で「ダウンロードがエコ」???なんてヌカシテイルCMもあるもんなあ!

んー、ハイエンドオーディオってんですか?
まー解らんでもないが、1000万円かけて高価なCDプレイヤーやら電源整流器やらEQやら・・でも真空管アンプにスピーカとくりゃ、音の出口はさ、そんな変わりようがねえってことでしょ?

メーカーさんはさ、この際、原点回帰で「いい音」に向かえばいいのだ。
で、業界はせっせこと「いい音楽」を作ろうと必死コクってのが本筋ってことなんよね。
ハンディプレイヤー向けのコンテンツ(って言い方がナア!アホ業界君じゃん)などで、媚びうる必要無いんだよ。

それしかないんだよな。
もうデジタル万歳っていう幻想は捨てないとね。いい加減。
デジタルだとかアナログだとか関係無いの!!!

いいことやんないとね、ダメだっつーことでしょー?!

Monday, May 17, 2010

あらためて音色(ねいろ)へ

音色・・ねいろ と言ったほうが、おんしょく と言うより好きだ。
他にもトーンだとか、言い方はイロイロあるだろうけれど。
オレには「ねいろ」と言うほうが、好き。

今までにも、この「ねいろ」についてアアダコウダと言って来た気がする。
でも、ようやくと言うか・・

アホなアタマで考えて?みたものの、もとがアホだから考えたってタカが知れている。
だからそう、自分にとって一番気になったもの・・・

ねいろ  をモット深くいったろうじゃんか!
っと思った訳ですな。

単純にさ、自分が好きなギタリストって、それこそ本当に「音がいい!」のであるからしてね。
であったら、自分もそこにいきゃあいいじゃん・・・ってもんだ。
しかし、そうだとしても、茨の道?終わりの無い無限地獄?
とにかく大変だってことには変わりは無い。

あたりまえだ。
「これでいいやぁ」なんかある訳無い。

その「ねいろ」には、ノリやら表情やらなんやらが全て入っている?っていうのか?
そんなもんだと思っている。
自分の楽器にしたって、考えてみリャ「それ」を実現する・出来る可能性がある楽器だと直感したことでもあるもんね。
で、最近になってピッキングについても自分でのやり方が見えてきた感があるってのも、この「ねいろ」を追求するに一つ拍車がかかっている要因でもあるかな。

オレは、ピックが無いとダメなんだよね。
まあ、ソレは今現在の話でもあるけれど。
とにかくピックを使って弾く。
でも今までは、どうもこのピックってぇのが「借りてきたナントカ」みたいな、自分のものじゃあないような感覚から抜け切れなかった。
もちろんフィンガーピッキング・・指弾きでは無いから仕方が無いのかなあ・・と思っていた。
でもねー、弦に絡み付いてしまうというか、引っかかってしまう感がオレを悩ませていた。

ピッキング。
このピッキングを含めた弾き方というのは、ホンの数ミリ・・否!数ミクロン?というか、僅かな違いでも凄い違和感を感じるものだ。
まるで別世界だし、自分の指ではないような感覚になってしまう。

でも、他の人とかのピッキングフォームなどを見てみると滑らかに弾いていたりするんだよなあ。
スンゲーうらやましい訳だ!

で、逆アングルという弾き方があるのだけれど、その弾き方はどうマネをしても出来ないことが解った・・・というか、今は無理と。

で、それならば自分なりにピックの角度をどうやって工夫するか?が課題になった。
これ、始めから逆アングルそのものをやろうという動機ではない。
今までのピッキング方法では改善する可能性が感じられなかったから、では他の方法で可能か?どうか?の試行錯誤の過程なのだ。

アアデモナイコウデモナイで、普通?の右手の持ち方でピックの角度をつけるやり方を見つけた。
それで弾いてみると、今まで引っ掛かってしまうところがアレ~・・弾けんジャン!
やったー!てなことになったですな。

これ自分にとっては大発見!

そうなってみると表情の付け方だとかナントカが自由になれてきそうになっている。
ピックがまるで指の先端のような?指の一部・・ていう感覚になれそうなのだ。

そうなのだ!

やったー!

で、思い返せば幼少から15歳までナンだか解らずに続けていたヴァイオリンの弾き方・・
ボウイング・弦への弓の当て方やら弾き方って、右手を弓が弦に均一に当てる為に角度をフレキシブルに変化させていたもんなあ。
ハジクとコスルでは違いはあれど、弦に直接当たる瞬間は共通するものがあるね。
云々。。。。

で、やるのだ!ということでした。

Saturday, May 08, 2010

くだらなさがバレチャッタね!

先の機密費だっけ?
使い方っていうか、元ジミントー野中さんがバラシタやつね。

そりゃ機密だぁなあ。
実態は、単なる貯金箱で、それにあやかっていた連中の実名がばれちゃったねー。
歴代首相経験者?メディア関係者?政治評論家?お笑い芸人?司会者?

あーバカじゃねえの?

つまりプロバガンダ費用ってことの使われ方ってのがあるってね。

第二次世界大戦・・・65年前の敗戦ってことで、テレヴィと芸能・スポーツ(野球・プロレス等)は、敗戦時の民衆のガス抜き(不満の矛先を逸らす)ってのが目的で、それは結局「当局の都合がいいように宣伝する・意識をそらせる・洗脳する為のもの」だったってことだあね。
ってことはさ、そこまで支配されているのだから、つまりは全てだってことでしょうね。

だから今現在も、そうだということ。

メディアで「ああだこうだ」の殆どが、支配下にあるってことで、その色がビシビシ付いているってことでしょ。

だからテレヴィ・新聞・ネットニュース等、先ずはそのまま受け取るのは危険極まりないってことだ。
政治評論家?やお笑い芸人が偉そうに物申している事を全て疑うべし!
連中は、広告塔の役目であり、それをすることで世間に出られている基盤を確保されているということだ。

騙されるな!ということ。

それには、自分自身の良心というかセンスにかかっているのです。

それが、本当のバカかどうかの分かれ道ってことだ。
良心を捨て去り、良心を捨てられない連中を騙して利用することが「リコウ」か?どうか?
クニ・体制や主義・宗教・カネ・常識・・・全てに対して、自分自身の良心に沿った思い方が出来るか?否か?

貴方やワタシに五分の魂が「あるや否や」だということです。
そこが基本。

そして、税金・国民年金・健康保険やら全ての巻き上げられるものに対して、その使われ方の徹底した追及と提示が絶対に必要であるってこと。
捜査当局の尋問の完全可視化と司法当局の改革等・・・
やらねばならないことは、ありすぎるぐらいにある。

つまり、関心を持たなければならない!ということなんだと思う。

生きるということの大切さ。命の大切さ。

自分も大切だが、貴方も大切だということが、基本なんではなかろうか?

人間が、大切なんですよ。
一緒に笑うというのが、大切なんですよ。
でも悪い奴は腐るほどいる。
で、貴方もワタシも、その「悪い奴等」になりたいですか?

俺は、嫌だ!
アホで下らなくもダメな俺だが、五分の魂は捨てられない。
何故って、それが多分俺だから。

そう思う。

Wednesday, May 05, 2010

世の中?揺れているね

最近のメディア・・新聞・雑誌・テレヴィ・ネットニュースなどを見るにつけ、本当に必要な情報というのがスポイルされているとつくづく思う。
必要な情報といってもセンサ万別。
人それぞれでもある。

で、情報というのも「お知らせ」だ。

テレヴィは、殆どがCM=売らんが為の宣伝であり、ニュースもまたそれに順ずる。

普天間のこともとても重要だ。

60数年経つ植民地としてのこのクニが、独立を果たせるか否かという問題だ。
防衛とかの話にすり替えられ、前のジミントー政権が無理やり決めた路線をどうしろと言う話なのだ。

そんなドタバタの「お知らせ」の陰で、14年ぶりに性懲りも無く再起動する「もんじゅ」がある。

先日の新潟地震の時に新潟刈羽発電所から放射性物質のヨウ素が二日で700年分!一挙に放出してしまったとの情報もあるのに(一日の許容量でいうと??計算しようにも恐ろしい)未だに原発と核燃料サイクルに拘り続ける意味とは何だろう?

採算ベースにおいても全く非現実的であるもんじゅを再起動させる意味は何であろう?

CO2の増加が地球温暖化・・という話も、それ自体が何かの意図で加速しているようにも思える。
そう、CO2増加を防ぐ為の原発推進?核燃料サイクルへの性懲りも無い舵取り???

地球上に遺伝子を破壊し続ける猛毒・放射能を撒き散らす、その目的だろうか?

エネルギーと食料と水と空気。

次世代には、それらが充分に確保出来るか否かが、生存の条件だと言っておきたい。
事実、今現在でも「それ」が最重要なこと。
しかし、多くの人には「カネ」というものを信じ込まされている。
実際それは、それによって支配される道具であるにも関わらずも宗教よろしく信じ込まされている。
まあ世の中に流通している・それでもって日常があるという事実もある。
でもその実態とは「紙」であり金にいたっては「単なる金属」なんだという事を忘れてはいけないんじゃあないか?

実際には、人間が生きるに直接且つ絶対に必要なものは、「食料」と「水」と「空気」だ。
後は「エネルギー」
そして喰う・寝る所が無条件に保障されれば、大体満足ってもんだろう。

原発とか核燃料サイクルなどというものは、原子レベルで電力を生み出すのではなく、ゆっくりと爆発させて得る熱でもってお湯を沸かし、水蒸気でもってタービンを回して、初めて電力を生み出すのだ。

だったら、あんな危険極まり無いものをワザワザ使うよりか、地熱発電・・・温泉地は、沸騰水があるところでは自前の電力は、地熱でタービン回して発電すればいいし、河の流れのあるところならば、いたるところに水車(タービン)を回して発電すれば?
海に近ければ、波動発電ということもすれば?
酪農の盛んなところであれば、牛の排泄物からメタンガスを作れば?
これは、浄化槽の工夫で人間のモノでも出来ることであるような記事を見たことがある。

家を建てるならば、太陽光発電と浄化槽を工夫して自前でエネルギーを供給出来るシステムを作ればいいのではないか?
そして小さな地域発電を心がけていけば、ワザワザ危険な原子力発電など、しなくていいんじゃあね?
後は蓄電技術をぼちぼちと向上させればいいのだ。

で、それをしては困る連中が、ワザワザ税金の大量無駄遣いと人間の命を縮めようとしているように思う。

だよなー。バカらしい!本当にバカらしい。
でも、これが実態だ。

Sunday, April 18, 2010

誤魔化されてはダメだって。

さる大手のポータルサイトなんかでも何かとアホクサなニュースを取り上げる。
テレビや新聞・雑誌なんか、もう終わっている。
つまり、報道の一極化。大本営発表ってことだ。

それに騙されてはいけない。

オレは、ミンシュトーの支持者ではない。
ミンシュトーの中にも旧勢力というか・・・そういう奴もいるんだ。
今までの第二次世界大戦敗戦後60数年、ジミントー政権というのは、民主主義の名をかたり植民地化を進め、貧乏人を多量に作り、税金を毟り取るやり方を整えて何処かの誰かに献上するシステムを守ろうとする連中のことだ。
そのオコボレ頂戴にへばりついている連中だ。
つまり本当の悪人の手先ってことだ。

ミギもヒダリも関係無い。
むしろソレは、スケープゴート・仮の姿。
カネの流れる行方を追ってみればいい。
カネの行き着くところは「何処」だ?!
証券化されてマネーロンダリングされて行き着くところは、何処だ?!
それに加担する勢力が、今まで大手を振るっていたに過ぎない。

世界中の貧困、そして騒乱、そして戦争は、全てこの仕業といっていい。
グローバルスタンダードとは、世界標準ではない。
一極支配を意味する。
支配とは、何でもって支配するか?

今も昔も、全く同じ。

圧倒的に強力な暴力と金融・そして情報だ。
それで食料・エネルギー・医療を支配する。
それは軍事産業ともリンクする。
人間の生死を支配する。
胴元は、同じってことだ。
国境など関係無い。人種も関係無い。宗教も関係無い。
イデオロギーなど、そこには存在しない。
そんなもんはチャンチャラなのだ。
全て関係無くさせることが出来るのだ。

その観点から、このニッポンを見れば解ることだ。

俺たちに残された唯一の方法は、選挙しか!与えられていない。
ミンシュトーダメだから、前のジミントーもしくはミンナノトーだぁナンダカンダ・・・

それやっちまったら、もうそれこそ奴隷制度完成なんだよ!
俺達は、奴隷と同じだ!って、先ず自意識しなければならない。奴隷になりたくなければ・・・の話だ。

世の中オメデタイ連中の多いこと・・
メディアの戦略にタダ鵜呑みにする・信じてしまうアホがいっぱいいるんだよなあ。
目先のことでアアダコウダのバカがいっぱいいるんだよ。
バカはバカでいいけれどさ。オレもバカだしさ。
考え方は、そりゃ十人十色。それでいいけれど。
肝心要のポイントが、ズレテイル連中がクソ多いんだよ。
それこそセンスってやつだ。
20年前に作った曲(オメデタヤ~)が、まだ古くなれないんだ!
もうあんな曲、お蔵入りさせたいぜ。
自分では、もうとっくに終わっている曲なのに、未だこれが言えてしまうって・・・

そうなんだよなあ。たかだか20年なんだ。
これは、もの凄い時代かもしれないんだ。
今現在は、本当にもの凄い時代かもしれない。

もの凄いとは、決して悠長な意味ではない。
決して楽観的な意味ではない。
巧妙に仕掛けられる罠と55箇所の時限爆弾(ゆっくりと爆発し続ける原子爆弾)が地震で炸裂する前に・・
どうするか?なんだ!

五分の魂を後世に伝えられるか否かの
俺達が生き延びれることが可能か否かの

瀬戸際の時代かもしれない。

Friday, February 19, 2010

最近は、少なくなったが

3月。
いろんな意味で自分にとって重要な月。
その中でも、自分自身に起こった事として、2002年3月16日がある。

もう、8年も前でもあり、未だ8年しか経っていない。

幸いなことに、ごく最近では、この日のこと・・事件に遭遇して重症を負ったこと・・を思い出す回数は、もの凄く減った。

まあ、寝ようとする瞬間に、その記憶が蘇り、なかなか寝付けなくなることは、以前にはかなりの回数があった。
その度に、自分の記憶を「その時」から「今現在まで」のストーリーを走馬灯宜しく辿っていくという作業を(襲ってくる恐怖に似た感情を抑えながら)しなければならなかった。

無理も無い。

自分に起こってしまったことで、この実感は、自分にしか解らないことだ。
だが、自分に頑なに閉じこもろうとは、全く思わない。
まあ、それに以前のように、このことをギャアギャア騒ぎ立てるということも幸いな事にしなくなっていった。

多分この先も忘れることは出来ないであろう。

無理も無い。
無理もしない。

でも、それでいいのだ。
今、ここに自分が確かに在るということは、変わりは無い。

で、二日前程に、久しぶりにフラッシュバックした。
本当に久しぶりだ。

ただ、それを受け止める。
それでいい。

イマが在るのだ。

ソレが全てだ。

Monday, February 15, 2010

サッカー日本代表・・なんだよなあ・・

東アジア杯だっけ?
この最終戦VS韓国の試合をテレヴィで見た。

結果、1-3で負ける。

これで、日本の監督が更迭されないってのが、おかしい。

監督の仕事ってワカランが、先ずは選手の選考だろうかね?
どうも、痒いところに手が届かないような中途半端な布陣に思えてならない。
で、後は試合でのスタメンと選手交代のタイミングとかだろうか?

他にいろいろあるだろうが、目立って見えるのは、そのくらいだ。

で、結果で判断されるのが、普通だ。

サッカーは、好きだ。
だが、日本のサッカーは、まだまだ弱いと思う。
W杯4強と、目標掲げるのは誰でも出来るけれど、それを実現するにはどうしたらいいか?の戦略というか?そういったものがあったのだろうか?
具体性がこの結果では、少なくても俺は、そのようなものが有るとは思えない。
W杯の1次リーグ突破して、その時に口にするのであれば、がんばってくれ!となるけれど。
アジアの片隅での試合で負けていたのでは、チャンチャラだよなあ。

そりゃサッカーは、何が起こるか解らない。
試合は、やってみなければ解らない。
だが、その試合運びの様子は、伝統的な悪い日本そのものだったに思う。

前に行けない。

チョロいショートパスとバックパスで、逆サイドとかオープンスペースを使うという運びが出来ない。
ただボールが来るのを待っている。
だから、パサーは、フリーでいる後ろにいる奴にしかパス出来ない。
ドリブルで蹴散らす奴がいない。まあ個人技が通用しないのか?
もしくはそういう選手を選考していないのだろうか?
ペナルティエリアに近ければ迷わずシュートするという攻撃性が微塵も感じられないし、バックラインからの遅いボール回しで、ゾーンディフェンスを作らせちゃうし、わざわざ密集したところで細かいパスをするってなあ。

ダイナミクスが無い。

繊細さは、持ち味?なのか?
だが、その繊細さを活かすにも大胆さがあってのこと。
勘違いのオーバーラップが、大胆って事ではないだろう?

たまにはキック&ラッシュでもやってみい!と。

で、とにかく監督は交代。

先ずは、それからだな。
考えられることは、全部やること。
現監督は、もう考えることは、やり尽くしているだろうから。
現監督の結果は、出たということだ。

監督交代。

Tuesday, February 09, 2010

演奏ってのは、アイ・・なのかな?

先日、マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」を見た。
どっちか言ったら、圧倒的にPRINCEが好きなんだけれど、見てビックリ。

こりゃ凄い。カッコよすぎ!!

アタリマエっちゃあそうなんだろうね。
何といっても世界のスーパースターなんだから。
とにかくヴォーカルの素晴らしさを再認識。
そりゃそうだ!ガキの頃から(ジャクソン5の頃からね)スーパースターだという理由が、そこにある。
あの圧倒的なダンスパフォーマンスを含め、世界最高峰の一人なんだなあ。
後から「ああだこうだ」言ってもしょうがないけれど、とにかく残念!に尽きる。

で、マイケルが、ナニカと言うと「アイだよ、アイ」と言っていたね。
ふむ。。。

演奏後に、ふと思うときがある。
誰かがソロで発言する時には、そういう状況というか、環境というか?
ソロをとりやすいようにというのだろうか?発言?し易い状況・環境・スペースを作って、「どうぞ!」って感じにしてあげたいというのかな?・・・
これ、単純に反応というか、すぐそういう感じに自分はなってしまうってのもあるのかな?
勿論一緒に演奏している連中が「そうしている」ってのもあるね。
先日の1月16日の時も、正しく「それ」で、皆演奏をよく聴いている。
「俺が!俺が!」というのとは、全く違う。
当然のことでもあるけれど、自分が希薄であったなら「それ」は出来ない。
なんだけれど、尚且つ「他者に投げ出す感」とでもいうのだろうか?
「捧げる」とでもいうのだろうか?
誰に?
解りません!お客さん?はたまたカミなのか?なんなのか?
しいていうなら「音楽」なのかもね。

たとえソリストであろうとも、そんな感じがあるのだ。
だからというか、ソロもバッキング?っていうの?も、あまり違いというのが無いようにも感じる。

それぞれの「音」に、「それ」を感じる。
そういうミュージシャンは、素晴らしいミュージシャンなんだろうな、きっと。
ナンか、それを「アイ」っていうのかなー?とね。

おっと、自分にアイが有るとはね、ワカラナイんだ。
実生活においては、グシャグシャに崩壊・・しているようなもんだろうからなあ。
トホホ・・・ってなもんですからね~。

そりゃ「アイ」があったら、いいよなあ~。

Tuesday, January 19, 2010

最近のこと・メディア報道ってナンだ?

どうも、民主党が政権を奪取してから、利権保持の連中が「小沢おろし」やら「民主党イメージダウンキャンペーン」やら凄いもんだ。

オマケに東京チケンまで動き出してきてやんの。
今回は特に、最低だということを自ら暴露しちまったな。Kさつさん。
ジミントーの時には、全くそんなことしなかったクセに、まあ恥も外聞も無くやれるよなあ。
上からの命令か?
上って誰なんだよ!
歴代のジミントーオエライサン連中の裏側見てみれば、どうなんだよ!

去年の「仕分け」っていうのが、画期的ではあった。
その良し悪しは、これから続くことで修正していければいいことだ。

結局、この仕分けであからさまになったことは、「いかに税金が無茶苦茶に垂れ流されていたか!」ということなんだ。
だから、年金問題にしたって、何も手が付けられないほど「もう使っちゃってありません!」をどう説明していいのやら?で升添だとかは、こまっちゃったんだろ?
無駄なハコモノでっち上げしまくったのは、誰だ?ってーの。
グルになって、税金にヨッテタカッテタ連中は、誰だ?ってことだ。

ここまで俺達を疲弊させて奴隷状態にして、税金ドロボーしまくっていたのは、誰かっつー話だ。
ジミントーがやってきたことだ!


小沢どうのこうので、目くらましっつー、このメディア操作は、呆れてモノが言えない。

否!言わなければならないだろうて。

ジミントーに戻ったら最後、もう「セフティネット」などは、木っ端微塵に無視され、貧乏人からの巻上げが、また激しくなるだけだ。せいぜい飴と鞭だあな。

今までが、そうだったことを忘れてはならない!

税金のバラマキだぁ・・・
アソーの時のナントカ給付金なんて、バラマキ以外の何者でもないだろう!
役人の天下りどうのにしたって、それを黙認し続けてきたのは、他でもないジミントーだぜ。

俺は、別に民主党の手先ではない。
ただのボンビーだよ。
政治の実態は、欲の塊でしかない位何となく解る程度さ。
新聞やテレビなどのメディアは、もはや信用出来ない。
世論調査にしたって、今の今までに俺のところまで来る事なんて無かった。
そんな奴は、いるのか?ってなぐらいだ。

数字に騙されてはいけない。
そのデータの出所が表記されていようが、その実態など一般には全く解らないことなのだ。
だって、俺が解らない・知らないからだ。
無知な俺ぐらいが「ああ、知っている」というものなら、世間にはある意味浸透していることなんだ。

50年以上続いた、一部の人間のみへの利益誘導政権は、終わらせないとダメなのだ。
アソーがいた頃に戻りたいのか?
俺はいやだね!

この流れと言うのが、何か!というのを注意深く見守っている。
ある種の意図を感じさせる。

その実態は、恐らくおぞましいものだろう。

Thursday, December 24, 2009

音楽に感謝

音楽に感謝する。

なーんて、そんなことは、ナンなんだ?っていったって、解らない。



いや、ただそう思った。



あの事件後、絶対安静の生死の境を彷徨った状態から、ようやく抜け出した数ヵ月後、傍らにあったギターを弾いた。

それこそ夢中だった。

あの、何ともいえない「あの感じ」がやってきて、それを逃さぬよう、それを「もっとだ!もっと!」と思いながら弾き続けた数時間。
休憩することすら、もったいなかった。
休憩する暇も無かった。

あっという間に、時は過ぎて、そこで改めて実感したのは「ギターが弾ける」という確信だった。

「ギターが弾ける」。



ただそれ以外は、出来ないかもしれなかった。


でも、それでもよかった。本当にそう思ったのだ。



あの一心不乱にギターを弾き続けた、あの瞬間から自分の再生を確信したのかもしれない。


だから、ギターが無かったとしたら、きっと未だ闇の中で彷徨っていただろう。



病室のベッドの上で、絶え間なく襲ってくる強烈な吐き気と頭痛の数日間。

思い起こせば、その数日間も「必ずギターを持ち、ステージに返り咲いてやる!」と声にならない声で叫び続けていた。

どうして?とか何故自分がこんな酷い目に遭わなくてはならないのか?等とは、不思議と思わなかった。
ただ「まいったなあ~」だけだった。
それと、「とりあえずでいいから、この吐き気と頭痛だけ無くなってクレイ!」と思っていた。



ギターが無かったら?と「タラレバ」を言っても始まらない。

ただ、瀕死の状態であったあの時、俺にはギターと自分がプレイする音楽への狂った?執拗とも言える欲求があった。
それが、あってよかったのだ。悩むということが無かったのだ。



吐き気に苛まされながらの「必ず食ってやる!」と「ステージに返り咲く!」音楽・ギターへの欲求。



この二つは、俺にとって云わば「生きる欲求」に他ならなかった。そのものというものだろう。

それは、単なるカネを儲ける手段などではない。
カネを儲ける手段なら、音楽なんてものは「そんなもの」には成り得ない。
見返りなど求めても「音楽」そのものから、そんなもの・ご褒美などある訳が無い。
献身の果てに、在るか無いか?それすら確証など無い。
たとえそれが「大天才」であったとしてもだ。
確証など、無い。

だから、確実な安心を欲する者は、音楽など手にしてはならないのだ。

それ程の覚悟が必要なのだ。



そこまでやれば解る。

やらない輩には、解る訳が無い。
無理も無い。
自分の人生?を棒に振る覚悟が、先ず求められるのだから。



運がいい者は、職業として成立するだろう。

だからといって、運が無くても「それでもいい」と思える者などいる訳が無いだろう。
人間だものな。



求道者?

解らない。



解るのは、少なくとも俺は、「オオバカ」ということだけだ。



ただ、俺は今も生きている。

それを実感出来る。



その瞬間を実現する一瞬が在るということ。



それは、感謝するってもんだろう?

Tuesday, December 08, 2009

もーポリープ・・・

ひょんなことから、生まれて初めての大腸検査をやったのが、今年の10月。
それで、運がいいのか悪いのか?
ポリープを発見。

そのときには、レントゲンのみの検査だったので、後日3ヶ月以内に専門医のところでポリープ切除してください・・と言われる。

おおお。

この大腸検査。
ようは、下剤強制飲み放題。でもって出し放題。エンドレス〇んこっつーか、もう水!っという状態にならないとダメだそうで・・・
それをやってのレントゲン撮影。
これもまた、アメイジングっつーか・・
まな板よろしくの撮影台?に乗せられて、縦・横・斜め・・「はい、次は裏返ります・・はいもうちょっと、それで逆に向いて・・」と女医さんの指導の下、あっち向いたりこっちになり、逆さズリかよ?みたいな角度にもなったりで、レントゲンの撮影が行われた。

まー、百歩譲って、まだレントゲン撮影・まな板載せられグラグラっつーのは、いいのだ。

問題は、ケツから挿入される空気やら液体・・・

これがなぁ・・・まいった。
下剤でスッカラカンにした大腸に空気を「風船」よろしく、それもケツから挿入して大腸を膨らませてでの撮影なんだね~。。。
俺は、全くの初体験だったから、余計にまいったのだろう。

この歳になれば、やれバリウムだぁ大腸検査だぁ・・は、大体の御仁は経験済みだろうが、俺はこのかた全くやってこなかった。
数年前の長期入院以来、たまに血液検査してっから、ええだろ?ぐらいに思っていたが、甘かった。

そんでもって、めでたく?大腸ポリープ発見となった訳だ。
で、「ポリープだったら大丈夫だべ?」みたいに思ったのだが、どうやらそうではないみたい。。。

悪性ではないであろう・・としながらも、早めに必ず切除してくださいねー。っと女医さん。

どうやら、とにかく切除して細胞組織検査等が必要で・・・とな?

あああ、また「アレ」を飲んだり出し放題かよぅ・・・と、なった訳だ。

で、その当日。

病院から渡された2リッター!程の下剤を飲め・・・と。

うー、飲みましたよ。
そして出しました。。。。

で、指定の時間で内視鏡検査&ポリープ切除となった。

そ・・れ・・・が。

大腸の先端・・つまり小腸との変わり目か?のところまで、内視鏡とやらをグリングリン!腹の奥まで入れてきやがる!
やはり空気を挿入しているらしく、下腹も張って苦しい・・・
で、痛いというか、なんというか。。。。ハヤクヤメチクリ~・・・・・

とにかくズバっと切るとこ切って、はやいとこ、その内視鏡とやらを俺のケツから抜き去ってくれぇえっ!

・・・とばかり、処置をしている間中、思うことおもうこと。

で、内視鏡で映し出される自分の大腸内部の画像・・・
もう、トンネルなのね?
トンネル抜けて~・トンネル抜けて~・・田舎の列車にぃ・・じゃなくって
トンネルを抜けると、そこはもう・・春だった・・じゃあないし。

なんだかなあーーーーーーーーーー。

ま、結果は切除成功、そして悪性ではないとのこと。

でも、これを定期的にやらなければならない・・・のね?

オトナって、つ・ら・い・・・・

Tuesday, November 17, 2009

最近の雑感

あの仕分けというのですか?
予算のあり方をネットやらで中継しながら公開して、バッサバッサと無駄をアブリ出し作業。

気持ちいいというか。
こんなに無駄遣いばかりしてやがって!っと思うことしきり。

全面公開で・・というのが、とにかく画期的であり、またついこの前までの、あの政治やら行政のあり方・・・つまり自民党・公明党だかのやり方というのが、あまりのデタラメさが、露呈してあきれ返る。

もっと早くこうなればよかったんだ。
まあ、今でもこうなれたことは、よかったことではある。

で、最近あるライヴを観た。マイノリティオーケストラという、女の子ばかりのバンド。

3年前位に偶然、ギターの教え子の学校のクラブ発表会で観た時から、ナンダカンダで4回目か?
あんな可愛らしい女の子達が、オヤジもビックリの演奏力でサラリとジプシーブラスっぽいことをやっちゃうんだから、大変なものである。
そんでもって海外演奏で、エゲレスとやらでピンクフロイドのギターに誉められたって書いてあったな。
って、そりゃあオメエ!ディビットギルモア先生か???すんごいもんだ!!!

しっかし、このバンドのファン・・・
オヤジ達!

俺は、ファンじゃあねえぞ!言っておくが。音楽には共鳴するけれどね。
っつうか、彼女達の演奏にあわせて、クビを振り振り、手拍子シャンシャンってぇ。。。
一心不乱にそうしている、若干オタク入っていそうなオヤジ達の姿を見ていると、これ不思議な気分になるもんだ。

もしかして、今流行つつある「リアルアイドル」なのか???ネクストパヒュー○???
演奏しているバンドの彼女達は、そんなこと関係無いのだが。。。
受け手である、ファン層ってのが、もしかしたらそんな感じにとっている????

うーーーん・・・・・

まー、ファンはファンで大事・大事・・・ってことで。

しっかし、その一心不乱状態のオヤジ達を眺めていると、こいつら。。。

アイが欲しいのね・・・と、よけいな事を思っちまった。
アイだよなあアイ・・・

イタイケナガール達にアイを感じているのかね?
うーーーん・・・・・

まあ、そんなことより彼女達には、がんばってもらいたい。

で、最近というか、かなり前からテレヴィがもの凄くつまらない。
もはや壊滅的に終わっている。
暴力沙汰で問題になった、バカ野郎のツラが出てくるだけで、チャンネル・スイッチを消す。
テレヴィは、終わりだ!!

で、自分の思い込み・・・てーのが、もの凄く恥ずかしいもの・・・だと自覚する。
思っていることの内容は、まあいいにしても、それをアアダァコウダァと興奮してマクシタテルってのがダメなところだ・・・と。
どこかで自分でブレーキを踏めるかどうか?が、ポイント。
ブレーキ踏めない状態は、これはヤバイ。

未だ俺は、ブレーキシューが少しばかりか残っているらしい。
それを自意識しないと、唯のアブネエオヤジになるだけだ。
アクセル全開ってのは、ストラト・マーシャルフルテン・&ディストーションペダルのスイッチを踏む瞬間だけにしておこう・・・と思うこの頃でした。

Monday, November 02, 2009

やりたかったのさ!

先日、あるマッタリとした小さな商店街のフェス?に飛び入りしてきた。
ある奴から誘いがあって、んじゃあま~ってな感じで奴と演奏し終わって、マッタリとしていたのだが、誰も演奏してないことをいいことに、勝手に一人でギターを弾き出した。

狭い通りに人が行き交う。
そんな状況で、エレキではなくてエレアコだったのだが、適当にンジャランジャラ・・アラヨーゥ・・みたいに声出したり。

その辺で飲んだりしている人が、まあ聴いているんだかなんだか。

そんな空気の中、突然通りの奥の方からカネの音と太鼓の音!

うおー!阿波踊りだ!

かねてから、阿波踊りと一緒に音出したい!っと思っていたのが、突如として、ここにイキナリ実現!!

頼みのストラトとマーシャル(故障中ですから・・)でなくて、エレアコで5Wぐらいの小さなアンプ・・


この際、スペックやどうたらこうたらなんて、関係無し!

ここぞ!とばかりにビートと一緒に弾きまくりー!

あっはっははー!

これだ!これだってーの!
聴いていたお客さん?も喜んでいる!

でっしょー?!

面白いはずなのさ!

だって、そりゃそうさ!
理屈なんかどうでもいいのさ!

へっへー!

あー楽しかった!!!

Saturday, October 31, 2009

音楽を裏切ったら大変なことになる!

こう言っていたのは、古沢良治郎さんと近藤等則さんだった。

それも、ほとんど同時期に彼等の口から同じ言葉を発せられたのを俺は目の当たりにした。

そして今までに出会った全ての素晴らしい先輩ミュージシャン達も、「その言葉」を胸に秘めていると感じさせる演奏を し続けている。

厳しい掟・・・のようなものだ。

俺もまた、その言葉を思い出す。
そして頭(コウベ)をたれる。

クダラナイ?

クダラナイと思いたかったら思えばいい!

そう、そんなこと・・音楽を裏切ったら大変なことになる・・と思ったところで誰も儲かりはしない。誰も。

しかし、そこで、ギリギリの場所で、たった一人ステージ上で格闘し続けていた
孤高に立つその姿こそが、彼等・ミュージシャンなんだ。

若かった俺は、その後姿を目撃してきた。


かつて、自分にとって初めてのヨーロッパツアーでの、移動するバンの中で

地平線に沈み行くデッカイ太陽を見ながら、近藤さんは、俺に言った。

「サカイ君!沈んでいっても最後まで輝き続ける太陽!あれこそがミュージシャンの鏡だ!アッハッハー」



その言葉をもらってから、ずぅっと俺の胸のなかにある。

自由ってナンダーロ?

なんてね。
そんなこと言ったってねえ。

でも、少なくとも音楽だけは、自由であって欲しい。
やる人間が、どんな奴であろうとも、一旦虚空に放たれた・出てしまった「音楽」って奴だけは、自由であって欲しい。

政治も哲学も宗教も暴力もシガラミも理論も理想も譜面もBPMもクソミソも、あらゆるものから自由であって欲しい。
ロック?ブルーズ?ジャズ?クラシック?テクノ?演歌?民謡?カデコリー?ジャンル?誰それの鬱陶しい身勝手な思い?やる奴の魂?楽器の値段?ブランド?有名か無名か?・・・

そんなこんなからも、全てのものから自由であって欲しい。

アイ?アイだったらいいか・・・
まー、それもよく解らんが。
多分、ソレだったらいいだろうかな?

クダランもんが多過ぎる。
大事な大切なもの・いとおしいものが、簡単に踏みにじられる。

力?

実力?

なんだ?それ?

常識とか価値観とか、簡単に通用しなくなるのに、それを振りかざしたり、振り回されていたり。

俺は、下衆にはなりたくない!

何故って、音楽は最上だから。

う・・・それも、俺のうっとおしい身勝手な思いだーな。。。

許してくれ・・・

Tuesday, October 27, 2009

所信表明で思うこと

民主党の鳩山総理が、先日行った所信表明演説。
思うのは、やはり自民党・公明党の政権が終わって良かったと、これからいい方向になって欲しいと思うことだ。
もうコリゴリだよ。ジコーはね。

いい方向とは、社会的弱者に対する救済・そして支えあうという方向であり、それは予算の適正配分ということだろう。
大企業・そして一部の利権保持者に対してばかりの優遇というか、そちらばかりの利益誘導政策からの脱却ということだ。
ちょっと前の狂ったバブル時代。
一億総中流化・・とか言っていたのに、あっという間に貧困層(年収200万以下)が1000万人強ということになっている。
それでセフティネット(生活保護・医療もろもろ)が、軒並みカットで年間の自殺者が3万人強の状態が、一体何年間続いているのだろう?

コイズミが仕上げに入った「コイズミ改革」って、より弱者を追い詰める社会構造にしようとしたカイカク=改悪・・それも極悪なものだった。

よく言われていたのが、「クーデターが起こらないなんて、何てニホンジンは従順なんだろう!」というセリフだ。
こんな以前の政策が施行され続けていたら、外国だったら反乱が起きるのが通常だもの。

でも我慢が限度に来た!というだけなんだよね。
それを選挙で表しただけだし、それを無血革命と呼ばれても・・・まあ、なあとも思う。

石原東京都知事にしても税金私物化しまくりだったのだから贅沢は禁止しなければならないし、何よりクビにしなければならないね。あんなの!ヤンバダム中止に文句を言う筋合いなんて、おめえには無い!新銀行なんやらの500億円?とかオリンピック誘致の200億の無駄遣いの責任を取れっつーの!自分が偉い・大将だと思っている勘違いも甚だしい、唯のゲスだからなあ。
ああ、オリンピックがリオになって良かった!だよ。

弱い者いじめは、もうさせてはいけない。してはいけない。

クニを守る!とか言ってても自分のクニのコクミンを徹底的にいじめ続けてきたのだから、あいつ等!
一時期、コクミン総中流化とか言っておだてまくって、結局やりたかったことは、国民総奴隷化だったのだから。

しかし、常に感じるのは、金のある奴等は、ろくなもんじゃあないってことだ。

儲ける・・ということは、しいて言えば「ブンドル」と同じ。
全体の総量が決まっているなら、人より多く持つということは、他からブンドルということなのだ。
それを貨幣や株・債権やら、社会構造で見えなくしているだけの話だ。

だってそうでしょ?
アナタノカイシャのオエライサンとかって、どうですか?
まともな人だったら、それはアナタは幸運だってことだよね。

安心して暮らせること。
これは、基本的人権なんだ。
だから、食・住は、保障されてしかるべきだと思う。
そして、医療・教育も当然に保障されてしかるべき。
なにもこれが、社会主義ってモンではないと思う。
安心して暮らせることは、人類が願い続けてきたことなのだから。

だからおかしかったんだよ。
まあ昔流に言えば、オートメーション化とかロボット化とかIT化にしたって、人間が楽になれるはずだったのに、気がついたら逆でしょ?
それは、配分が違うからなんだよね。
機械に任せて楽になって、それでその仕事をしていた人=楽になった人達に配分されなくてはならなかったのに、その人達がはじかれて仕事が無くなって圧迫されるというのが、オカシイのだ。
では、浮いた金・儲けた金は誰がガメていたか?って話だよね。

お金の流れをよく見ると解るよ。
それも世界規模で見たらいい。
最終的に辿り着くところ。

そこが、ソレだ!

Sunday, October 18, 2009

バンドになれるかな?

今までの何年間、自分の理想を実現しようと思っていた。
で、さて?自分の理想とはナンだろう?

それこそ自分のアタマだけでは、なかなか・・・
特に打ち込みというか、マシン相手にひねり出そうとしても、自分だけだと飽きてしまう。
「俺はこうだ!こう思う!」みたいに言っている自分自身に萎えてしまうのだ。

まあ言い方を変えれば「試行錯誤の連続」だったね。
ああでもない、こうでもないといおうか?

自分の思い浮かぶ曲想・イメージが、ほとんど「おぼろげながら」のものだから。
手探り、正しく手探りの連続であったのかもしれない。

たぶんこの「手探り」というスタイルってのかな?は、変わらないだろうけれど。
来年の1月16日、恒例の誕生日セッションに、形として現れるだろうと思っている。

バンドという「決まった形」というより、もうちょっとユルイ形式というのかな?
ある種の「集合体」みたいな雰囲気だと思う。

というのも、一緒に演奏してくれるミュージシャン達に敬意を示したいという思いがあってね。
彼等は、それぞれに活動しているし、彼等自身の素晴らしい音楽をやっている。
今までに何回か共に演奏出来る機会があっての、ちょっとついでに・・というか、俺としてみれば気心知れた連中との組み合わせなもんだから。
でもって、「何々バンドの一員でござい!」っていう言い方は、皆にはそぐわないかもしれない・申し訳ないかなあ?・・・という勝手な思い込みなんだよね。でも、バンドってのは、個人的には好きなんだけれどね。
とはいえ、この組み合わせに辿り着くまでの経緯を考えれば、まあ「思えば遠くに来たもんだ・・」的な感じかな?

自分の曲想・・と呼べるような大したものではないが、そんなものを自分で分析?してみれば、極めてシンプルであること・トランシーなビートであること・・・なんだろうか。
そこで必要とされる事は、組み合わせの妙と変幻自在であるということなのかもしれない。
だから一緒に演奏してくれる彼等の力が必要なのですね。

めまぐるしく変化し続けるという、そういう方向ではないなあ。
トランシー・・なんて「カッコイイ」言葉を使ってしまったが、インプロと呼ばれる演奏の内容というよりも、むしろ継続していくビートのなかで「大きくグリグリと変化する」という方向だろうか?
まあ、その変化と言えども、その時任せ。
だから所謂「ジャムバンド」的な感じかもしれない。
ただ、ジャムバンド・・・とは、あまり自ら言いたくない・・というかね。
俺としてみれば、ずぅっとやってきた演奏スタイル・・みたいなもんだから。
「これがジャムバンドってもんだぜぃ!」みたいなものではないってこと。

当日、ライヴ録音するつもりです。

今から楽しみなわけですよー!!

Sunday, October 04, 2009

生きていれば

生きていれば、何かしらあるものだ。

齢50にもなれば、そんな事を言っても差し支えはないだろう。

まあ、それでも40、50はハナタレだ。
せいぜい生きることだ。

先の不安。
そんなこと思えばキリがない。
そうやってきたわけだ。
でも、これからだって、それは変わらない。変わる訳が無い。
不安という奴は、増えることはあっても減る事は無い・・解っているのはそんなことだ。
だから考えるほうが、バカらしくなる。しかし考えてしまうバカでもある。

気になる言葉というのが、たまに自分の目に飛び込んでくる。
それをヒントに出来るか否かは、解らない。

最近の気になる言葉。

誰それのウル覚えの詩。

歌唄いの幸せとは?・・・と。
それは、歌を歌い続ける事。
与え続けるということ。

そんな内容だったか?

そして同年代の漫画家の言葉。
根拠の無い熱狂そのものだけで生きてきたと・・・
結果はどうであれ、
いいではないか!たとえ三流であっても。

という言葉・・・

今の自分の何かに引っかかっている。

自分の背中には、何があるのだろうか?

それは、自分には見えないなあ。
だって、背中だしナア。
見せるといっても、誇れるものなど無い・・のかなあ?

うーん、他人様に声を出して、これですよ!なんて言えるものなど、無いのかもしれない。
否、解らない。
ワカラナイのだ。

ただ、自分はそうしてきたし、そうするだろう。

ただ、それだけなんだ。

Sunday, August 30, 2009

やっと政権交代だ。

やっとですなー政権交代。



だからといって、直ぐ良くなるかどうかは、不明。



でも、長年の自民党のデタラメな自分達のみ利益誘導・・国民・総奴隷化計画は、これで終わったと思いたい。



そう、思いたいのであって、これからは一人ひとりが政(まつりごと)を監視しなければならない。



そうでないと、ずる賢い連中は、直ぐに忍び寄り擦り寄って、ひっくり返すであろう。



支配する為に、敵対する勢力を作り出し、その双方に支援しながら、その方向は絶対支配というか???



これを説明するには、結構厄介なものがある。



トンデモ方面の事も言わなくちゃならなくなる。



でも、それが真実というか、真実だからどうの・・・ではなく、「俺達はどうするのか?」が基本に無ければダメだということであろう。





「欲」とは、何か?

「欲」と如何に対処するのか?



俺達は、「欲」とどう付き合っていくのか?が問われ続けられる。



自分だけが、他人よりも多く優越感に浸る事が目的の人生なんて「クダラナイ!」とすることなんだ。



これは宗教でもなんでもない。



これこそ、「普通!」であるべきことなのではないか?



安心して生まれて、安心して生きられて、安心して後世を送れる。



それをやりたいはずだ。

俺は、そうなってほしいと思う。



そういうシステムを模索し続けているはずなのに。



いつしかというか、いつの間にかというか、あまりにもクダラナイ欲ばかりで頭のやけに回る連中が仲間に引き込みながら、上手い具合に特別階級?を作り上げているんだ。



俺達が生きるに必要な部分に「それ」は蔓延る。

「それ」を注意深く見極めることだ。

世間の常識など無視しても構わない。



「何故?」と思うことが、見極める事の出来る必要不可欠の「心」だと思う。

自分自身の良識が、常に試されるのだ。

Friday, July 31, 2009

オマーリは嫌いだっつ!

たまにやってしまうこと。

物を落とす。忘れ物。

つい昨日のことだ。

たぶんギターを教えている教室の前のタバコを吸えるスペースにて、財布を落とした。
ってのも、その後授業に入ろうとして、ピックを財布に入れているので、財布を探したら「無い・・・!」となったので、焦りまくって自分がいた場所を探し回った。

で、発見出来ず、近くの交番に「財布落としましたー・・」

っと届けを出しに行ったら、おまわりさんの机の上にワタシの財布があーるじゃありませんかっ!

「財布落としました・・・って、それです!!!!」と指差して「あったー!」と喜んだですが・・・

おまわりさん・・クールに「あ、そう。じゃあ手続き上これ書いて」

っと、遺失物届け書なるものを書かされる。

ま、それはそれでいいのだが、何やら変な雰囲気だっち!

何故だ?????


あー、勝手に思えば、普通ね、落とした財布を交番行ってそこにあったら、喜ぶですよ!
あったあった!よかったー!とね。でしょ?

それで、交番のオマーリさんだって、「ダメだよー!落としちゃあねー。で、中に何入っているの?」

「あー、そうね、おー免許証があるねー。ハイ、本人確認オッケー。じゃあ気を付けるんだよ!」

・・・とかいって、フレンドリーに済むというか・・・



遺失物届けを書きたくないってんじゃあ無いのだね。


オカシイと感じた雰囲気とは・・・

全くフレンドリーじゃあないのだだだだ・・・!
俺を見て、明らかに不審な輩と思っている・・という雰囲気なのだ!

当事者が見つかって喜んで・・ていうんではない!
明らかに「残念がっている?」ような?
「こいつ何だ?」みたいな・・雰囲気。

すかさず頭に血が上り始めたのを必死の思いでこらえて、「お世話になりました・・」と、取りあえず言ってやった。

で、俺が遺失物届けを書いていると、オマーリが俺に「どんな財布?」って聞くから「ああ、紺の布製の・そこにある奴ですよって・・・あれ?何処に行った?」ってもんで、俺が書いている机のすぐそこにあった財布が無い!!!

別室で中身を調べてやがる!!!!


バーロー!更に頭に血が上る上る!


俺は、クリーンだっつーの!ヤバイもんは持ってねえし!使ってねえし!やらないし!それ嫌いだし!

財布の中には免許証とか健康保険証とか入っているし、免許の写真見れば、すぐ本人確認なんて出来るだろーが!!!!
「中に免許証が入っているから、写真で本人確認出来ますよね!!!」と言ってやったが、黙ってやんの!!!

ってことは、明らかに「不審者」として見られて、財布の中身を調べたってーことだぜ!!


フ・ザ・ケ・ン・ナ!!オマーリ!!!

っていうか、そんなに不審者って見られるような風体だったのか?俺???

まー、俺の財布を拾ってくれた善良な人には、すごく感謝します。ありがとうございました!

が、

オマーリは、嫌いだ!!!

テメエら、俺の事件(俺は被害者だった。念の為)の時ナンザ、ろくに仕事しねえじゃねえか!!!
ろくに調べもしねえで、捜査本部?人員なんか即効で削除・・てか、すぐ無くなっていたもんな!
犯人のモンタージュ作成が、事件後1年半後だぞ!!そんなもん、犯人逃げるわ!とっくにいねえぞ!

肝心な時には何もしねえで、ろくでもねえ余計なことをするってか???


だから、テメーラ嫌いだぜ!!

市民の味方じゃあねえじゃんか!!!ばーろー!!!

Monday, July 27, 2009

乗物・・音

先日、街を歩いていたらAVギャル・・じゃあねえ!EV・・電気自動車って奴に出くわした。
出くわした・・って、ただ見かけたってだけです。。。

このAV・・しつこい、EVってのが、とあるメーカーの軽自動車の車体を流用しているやつなんだが、いやー凄いね!何が凄いってねー。

「音」がしない!!!!

これビックリです!!!

本当に「スゥー・・・」って感じ。いやはやビックリしました。
こんなになってしまうんだ・・・と、ある種の感動すら覚えたのでありました。
本当に久しぶりに「未来」を感じた・・というのかな?そんな感動でしたねー。

しかし、音ですよ。

EV・電気自動車に「音」付けろ・・ってのも、ヤボな話だと思うが、レシプロエンジン・・まーガソリンで走る車とか、こうなってくると懐かしさというか?そんな気持ちを持ってしまう。

国産車でもって、車の音?排気音というかエンジンが動いている音で好きな車を考えてみた。

先ず思い浮かべたのが、スバルの音。

商用車のサンバーの音(フォロローっていう)も好きなのだが、古くはスバル1000から現行モデルの水平対抗エンジンの音ってのが、結構好きなんだね。

それとディーゼルエンジン。

後は、正直、印象が無い。

たまに見かけるバブル丸出しフェラーリの「次の信号までフルスロットル(しないだろうけど)」の甲高いエグゾーストノートに、やはり「いいなー・・」なんて思ってしまう。

1960年~1970年位の湘南には、けっこう外車が走っていて、スティングレイだぁアストンマーチンやらロータスやらが記憶に残っている。
スポーツカーと呼ばれていた、そういった派手な車は、音も派手・・というか、それなりの自己主張があったように思う。
まあ、あの高度成長期からいろんな規制がかかって、騒音規制ってのも相当キツクなったはず。

聞いた話だと、かつてのアルファロメオ?だったかは、マフラーが走行中に簡単に?外れようとも、「この音がいいのだ!」と、メーカーはこだわり続けた・・というそうな。

さすが!ラテン!
悦楽でやんす。

まあ、今のご時勢ですと、そんなことは言ってられなくなっちゃった。

エンジンで走る・・そして音が重要となると、「バイク」ってのは、そこんとこヨロシク!ってなもんだ。

まあ、自分の好みっていうと、これまた古い・・え?古くなっちゃうのか?って、自分で書いていながらビックリしちまったが・・・

バーチカルツインやシングルの音・・それも600cc以上の排気量のバイクの音が好き。
トライアンフやカワサキW1やらヤマハのXS650とか。

でも最近には、あのロングセラーを続けていたヤマハSR400も製造終了となったらしい。
で、復刻して「やったー!」と思ったのもつかの間でカワサキのW1が同じく製造終了ときた。

これにはビックリするやら淋しいやら。
排気ガスの規制強化でもって、エンジンの型式が規制に対処出来ない為らしいけれど、残念ですな。

この乗物・・・乗用車・スポーツカー(っていうのか?)・それにバイクは、考えてみればガソリンで走っていたのだが、そのガソリンで走るってのを止めて、行く行くは全部電気ってことになるんだろうね。
CO2の排出云々だし、エネルギー云々だしね。

話は変わるが、先日の「皆既日食」。

凄い!

皆既日食の真下のところでは、完全に太陽が隠れると気温が4度位下がるということらしい。

いやー!太陽ってのは、今更なんだが「凄い!」と思ったね。

ちょっとお隠れになっただけでも風は吹くわ気温が下がるわ真っ暗闇になるわで、とんでもないエネルギーだってことだよな。

だから未来を考えるとなると、結局地球が太陽の恩恵を受けている事実というのを模倣していくというのが、一番いいと思うがな。

そこにある、降り注いでいる膨大なエネルギーを備蓄して使うという方法こそが、目指す方向だと素人ながら単純に思うのでありんす。
つまりは、太陽光発電・波動発電・風力発電・地熱発電でもってエネルギーを供給していくのがいいと思う。
そして首都高速道路・東名・名神高速道路や主要幹線道路に「踏むと発電」するやつをビッチリ埋め込むとかね。
おおお、電車の線路の下にも埋め込もう。
人がいっぱい歩くところにもガンガン埋め込んでいったら、エネルギーの問題は、結構クリアしてくる感じがするんですがねえ。おっと、最近の異常気象ってもんだから、カミナリ様のエネルギーもありがたく頂いちまえ!出来ねえかな・・どうだろか?はい、素人発想ですよ!

そのあらゆる所から寄せ集めて発電した電力でもって、自動車にしてしまえ。
まー、バッテリーの性能やらリチウムの資源の問題やら、物を製造するには石油を使う・・・CO2ってのもあるけれど・・・


もうガソリンには、オサラバっていう時が来たのかもね。


で、関係ないけれど、読み直してみたら、冒頭の「街歩いていたらAVギャル・・に」って、

本当に遭遇してみたいもんだぁっつう・・・だから「乗物?いや乗られるモノ?それに音って??」・・・・・

ショーモナイ事を思ってしまったワタクチでありました。ご放念くださいませ!
しかし、落ちねえオチってのは、苦しいねえ・・・おあとがよろしいようで。

Monday, July 13, 2009

ジミがやろうとしたこと

今年は、あのウッドストックから40年目という年らしい。

某音楽雑誌の表紙にウッドストックでの「ジミ」の写真。
思わず買ってしまった。
もー、この雑誌もなんというか、俺等以前の世代?のギタリストを繰り返し特集しているのがおかしい。。っていうか、そうせざるを得ないのかもね。
まあ、それはいいや。

で、ジミがあのウッドストックに出演して、歴史的な演奏をした周辺事情のルポが、興味深かった。
あの時、ジミは何をしようとしていたのか?

ジミのことを解ろうとすると、まあ解る訳が無いのだが、やたら秘密が多い気がする。
それまでの事を勝手な想像・妄想で言ってしまうのは危険なんだが。


自分でも解らない・持て余すほどのエネルギーを持っていたジミ。
イギリスに渡り、時代の寵児となって混沌とした空気を突き抜ける存在になってしまった。

奴のエネルギー・・自分自身のあらゆるエネルギーが、あの大爆音を伴う時代を象徴するギターサウンドとなって世界に放出され、そのエネルギーをまともに食らった聴衆は、その強力なエネルギーに吸い寄せられ、おのおのの勝手な想い(マイナスなものも含まれる)をジミのサウンドに同化しようとある種の勘違いのようなエネルギーをジミに送ってしまった。

エクスペリエンス時代のジミ。
自分の想いとかけ離れた聴衆のエネルギーの塊が、ジミを容赦無く襲っていった。
自分自身のかけがえの無いエネルギーであったが、それを観客の期待にそおうとし、予定調和として演じなければならない・・というジレンマに陥ったのかもしれない。
そしてジミは、疲れていった。


でも、ジミは次のことを模索した。
音楽の更なる深み・更に突き抜けようとする音に到達すべく道を模索していたに違いない。


そのサウンドの提示の試みが、あのウッドストックでの「ジプシー&レインボウ・バンドオヴジプシーズ」だったのかもしれない。
興味深いのは、複数のパーカッションともう一人のギタリストの登用。
そこにジミならではの、次の次元に向かおうとするアイデアがあったように思う。


その動機。そこが重要だと記事を読んで感じた。



その「ジプシー・・」のメンバーであったパーカッションプレイヤーの一言が気になった。
曰く「ジミは、民族音楽に興味を持っていた・・・」

それでジミは、ウッドストックの行われる数日前にリハーサルをすっぽかしてモロッコに数日間過ごしたらしい。
そして前記のパーカッションプレイヤーとアコースティックで模索していた様子を彼曰く「なんというか、ウェスモンゴメリーというかセコビアというか、明らかにモロッコの影響がある感じのことをやっていた」と。


モロッコといえば、俺の記憶が正しければ「グナワ」発祥の地。
あのミステリアスなビート・グルーヴにジミは触れたのかもしれない。
勿論、それだけではなくあらゆる音楽を吸収しようとしていたのだろう。


あらゆる民族音楽。

それはきっと、その様々な土地にそれぞれ生き続けた人々の深淵なる想い。


その、いろんな民族音楽(生き続けた人々の想い)の「音」が向かおうとした「方向性の共通項」をジミは、その繊細な感受性で感じ取っていたのではないか?自分も「それ」との共通項を感じ取っていたのではないか?

それを自身の音楽にぶち込もうとしたのではないか?

そして、それを発射台にして、更なる高みへと臨もうとしたのではないか?

ウッドストックでのバンドとしての演奏は、あまり成功したとは結果として言えなかった。
しかし、それをトライしようとした形跡は、物凄く悪い録音状況(全ての楽器を捕らえていなかった)下で、僅かながらの片鱗を聴くことが出来る。
それもほんのごく一部に過ぎないのだが。(例えばもう一人のギターとの絡み具合とか)

ドラマーのミッチ・ミッチェルが、彼の手記で「ジミにリズムギタリストが必要とは思えない」とか、「複数の打楽器奏者がいる場合、難しいことになる。あれもそうだった」と言っていたらしい。
確かに「腕が立つ」とか「楽器が上手い」連中を集めただけでは、ケミストリーというか、マジックは生まれない。
マジックは、思うに本当に奇跡的な「組み合わせ」の成せる技だと思う。
結果、ウッドストックでのバンドは、そうではなかったということか?
ジミに、今思えば、時間が足りなかった。

よく言われていることで、ジミがエクスペリエンス以降志向したのが「ある種の共同体のような・・」ものだという。
それはきっと、音楽での理想郷というか?
いろんな音が単なる自己主張ではない、といって完璧にガチガチに構築されたものでない、共同体のようなものであったのか? それはきっと絶妙なバランスでもって初めて成り立つ音楽?
しいて誤解を恐れずに言えば、「地球に生き続けようとする自分達の音楽」を目指そうとしたのではないか?
そのヴァイブをエレクトリックでブーストして、地球をそっと包み込もうとしたかったのではないか?

やりたかった音楽は、音楽そのものが向かうところに対しての徹底した献身のなせる「音楽」だったのかもしれない。

そんなことを具現化出来るミュージシャン達との出会いが、ジミは欲しかったのだろうか?
そう思えてならない。

では、俺は?

プランが実行出来るか?は、解らない。
が、それをしようとするだけだ。

Monday, June 15, 2009

その男「AZUMI」

彼は、シンガー・ギタリストだ。
俺が、言うまでも無いことだが。

大抵、いつも何処かの街で、彼が言うところの「勝手に来て、勝手に帰っていく」ライヴをしている。

そして、奴の唄は、とても「しみる唄」だ。


先日、AZUMI君の演奏を聴きに行った。

彼は、ROIKI君(デルタブルーズ弾き語りの猛者でもあり、去年から一緒にユニットとして活動を始めた)からの紹介であった。

俺は、かれこれ10年以上前のことか?AZUMI君の名前が気になっていた。
雑誌等で「オルタナとかガレージブルーズとか言われておったなぁ」と、ちょっと照れくさそうにAZUMI君自身が言っていたが、そんな感じでの紹介のされ方だったと思う。
また印象深かったのが、当時の彼の写真だった。

自分の記憶も定かではないので、あやふやな印象でしかないから、間違っていたら申し訳ない。

その当時の彼・・・確かモジャモジャのアフロヘアのような髪の毛の間から覗く、鋭く光る眼光が印象に残った。

「こいつは何者だ?」っという感じ・・モチロン只者ではない、そんな印象を持ったものだった。

それから雑誌等で書かれていたこと・・・まあ乱暴な言い方だったと思う。

ボーダーレスというか、高度なテクニックを駆使しつつ、ノイズやアバンギャルドなアプローチ・・みたいにも書かれていたかもしれない。

凄い奴がいるんだ・・

そんな感触を持った。

そして、いつしか会ってみたい・・・と思っていた。

二年前の大阪での「春一番コンサート」に出演出来た時に、彼の演奏を運良く観ることが出来た。

エレキギター2つとドラムという編成のバンドで、ベースラインやらコードのアプローチやらソロやら唄・・と、忙しいというか?良く出来るなあ!と感心してしまった。

それから時が経って、去年にROIKI君が、「あー、AZUMIだったら知ってるよ。」と。

それでAZUMI君が、彼の演奏ツアーで東京に来ている時に会うことが出来た。

その時は、「昔の写真の印象とは、ちょっと違うなあ・・」と思ったのだが・・・

そして、今年のROIKI君との大阪ツアーにも、AZUMI 君に随分とお世話になった。
その大阪ツアーの最終日の演奏終了後、AZUMI君と飲み明かしてしまったりもした。

一ヶ月ちょっとでの再会。

彼、AZUMI君の演奏を堪能した。

演奏の内容を細かく分析したり評したりするなんて、出来ない。

AZUMIという「何か・存在?」が表したいもの・・・・噴出させたいものが、ギターの、その尋常ではないテクニック・独特なヴォーカル・ありとあらゆる手段(己の息遣いさえも)を忠実な僕(しもべ)として駆使し、一寸の隙も無く・・というのか?

そしてAZUMIの世界・・・というものが、聴衆を容赦なく無抵抗にさせて包み込む。

一緒に旅をするような?

彼の「気持ちの旅」をまるで映画のように傍観するような?
否、映画ほどはっきりとした距離感というものではなく、もっと・・なんというか・・
「マボロシ」というのか?

彼が感じた世界のマボロシのようなものを見ているような気分になった。

圧巻だった。

また、彼のファルセットのカスレタ瞬間の声の隙間とか、ギターの音・弦振動が減衰して消えていく瞬間に、リアルな「彼自身」が?そこに居るようにも感じたりした。

かつてROIKI君は、AZUMI君を評して

「ホンマモンの流れ者だよ。そういう唄・・だなあ」と。

合点。


演奏終了後、例によって飲んだ。

ああだぁこうだぁと、話が進み
お開きとなっての別れ際。

「今日は、アリガトウ」と言う彼の目は、

いつぞやの写真で見た、あの光を帯びた「眼」そのもの。

そして奴が、取りあえず落ち着ける棲家であろう・・・夜の街に

吸い込まれるように消えていった。


まるでマボロシのように。

Tuesday, June 09, 2009

久しぶりに頭に来るよなあ。

最近、トチクルッタ「アソー」が、「センソーする覚悟は、必要だ」とかナントカ言った言わないですか?

答えてやろう。
センソーする覚悟は、全く無い。

皆無だ。

で、そういう言い出しっぺのアソーとて、センソーになったら真っ先に戦場に突っ込んでいくつもりなど、全く無いだろう。
せいぜい「ものドモ。オクニのためにイノチをかけて頑張って守ってくれ。アイする家庭を守りたいなら、イノチガケでマモレ」とか大嘘コイて、てめえは、一番安全なところで旨いメシと酒でもかっくらっているだろうて。
今でもそうだもんな。

そんなもんだ。奴は。

で原爆の被爆者手当についても、ネットのカキコミは、「何で税金使って・・・」とか書き込みしてる奴等がいるが、そいつ等は、税金の使われ方全部をわかってんのか?

公的年金無駄遣いどころじゃあねえ詐欺について、ほとんど何も突っ込まないで・・てことは、一緒に税金ジャブジャブしゃぶっているお仲間か?

だろうな。

センソーったって、昭和20年に敗戦ってことだから、戦争の醜さを体験してしまった世代は、だんだん少なくなっている。
で、威勢のイイことをぶち上げている連中や史実をさも自分が体験したかのように、知識を振り回して揚げ足を取って、ああ言えばこう言う連中は、戦争のセの字も知らない連中が、ほとんどだろう。

クニという、訳のワカラナイ実態の無い幻のような人間の集合体は、始末に終えない。

まあ、クニとクニとの外交とて、金と背後にちらつかせる怖いものでもって、相手に言う事聞かせるってのが、基本チャ基本なのかね?

あー、バカらしい。

テレヴィ見りゃ、政治をバラエティで見せて、肝心なところはカットで、都合のいい(誰にとって?)ところだけオンエアーだし。

議会たって、一日開くのにいくらかかるんだ?

バカが、時間つぶしで議論にならない猿芝居をやっている。

今時アカだぁネトウヨだぁ。

右も左も「モノを配分するには、結局巨大な権力を生み、それが支配する。そうすると結局自分のことしか考えない・他を奴隷にして自分だけいい思いをする」だけで、やり方が多少違うだけで、何かシューキョーの違いみたいなもんじゃあねえか。

目に見える独裁か?見えざる独裁か?じゃあねえのかね。

では、人間は全く不完全だから、物事の正しい?判断は「新しいカミ」である量子コンピューター?ウルトラスーパーパソコン(パソコンじゃあねえか)・・・にでもしたら?

そうしたら、人間ってのは、バグだらけだからSFよろしく俺達全部抹殺されちゃうか、とんでもない洗脳恐怖世界になるのかね。

ああ、イヤダイヤダ!

俺達は、バカである!と先ずハッキリと認識しなくちゃいけねえんでないか?
グジャグジャアーダコーダ言ってても、たかがバカの戯言じゃあねえか!
人類誕生からチィットモ変われねえ、ただのアホじゃあねえか!

たった、60数年前にあれだけ嫌というほど痛い目にあって・・どころじゃあない!酷い・凄惨なことになってしまって、また「覚悟」?か!

ふざけるな!ってんだ。

こういう時にタイミングよろしく気持ち悪いセンスイカンの映画か?

恐らく、実際の戦争の現場は、想像を絶する凄惨なものだろう。
今、この現在も、一瞬たりとも戦争が無い時代は無いらしい。

そんな酷いことに・・・戦争に好きで突っ込んでいくツモリなど全く無い!

それをしないように政治家は、無い頭を絞りまくって考えろってんだ。
それが仕事だろうが!

俺は、殺されたくも無いし、殺したくも無い。

ただ、それだけだ。

Thursday, June 04, 2009

こう見えても、あたしゃ蕎麦好きなんで。。。

それってーと、何かい?

っつーか、大阪に行けば、にわか関西弁というか、エセ関西人よろしく「気持ち悪い関西弁」を使いたがり、東京に来れば江戸っ子気取りかぁ?

いかんですねぇ、そういうの。。。

まあ、自分の父親は、深川の生まれなんだけど、俺っていえば東京と言えど、練馬に生まれてぇの(当時は大根畑とか芝生畑とかいっぱい!)で、育ちは海沿い。

海が近いっちゃあ近いが、夏になってもマッチロケで、遊んでくれるトモダチもいなかったギター少年だったですなあ。

もとい!

蕎麦好きってぇ、やつですよ。


蕎麦って言っても、これ専門的っつーか、マニアックな・・蕎麦好き高じて蕎麦を打って・・って、そこまで全然行かない分野ですよって。

そう、何気に「立ち食い蕎麦屋」ってぇのが、アタシゃ好きなんで・・・

でもって、温かい蕎麦は、ダメなんですなあ。
冬でも冷たい蕎麦が、いいのでやんす。

まあ、最近はダンダン暑くなってきているから、別に冷たい蕎麦頼むのに度胸も何もいらねえのだがねぇ。

でぇ、この「立ち食い蕎麦屋」。


旨いところは、これ旨い!

といっても、そんなにマニアでは無いので、「旨い立ち食い蕎麦屋マップ」を作れるほどではないし、自分の行動半径内での、ささやかな経験だけなんだけどね。

まあ、蕎麦・・それも冷たい蕎麦といっても、モリとかザルではなくて、俺がいつも注文するのは、冷やし系というか、「冷やしたぬき」だぁ「冷やしきつね」だぁのそのへん。
であるからかどうかは全く解らないけれど、この「冷やし系」しか注文しないってのも、まあディープ&ハードコア系蕎麦マニアからは、冷たくアシラワレル・・そんなもんだろう。


でも、それでいいのだ!ソーホワット!ホワイノット・スリップノットてなもんだ。

好きな食いモンのことで、あかの他人から「ああでもねえ・こうでもねえ」なんざ、言われたくねえってもんだし、そんなの俺の勝手のかっちゃんだぜぃ。

で、たまにしか行けないのだが、この間も久しぶりに行ってみて感心した店がある。
まー、いわいるチェーン店だろうと思うのだが、他のそのチェーン店でも全然味が違うもんな。

そこは、ま、気合が入っている・・・のだろうか?

そうとしか言えない雰囲気があり、これが不思議なんだが、何か「ピッと」しているんだよなあ。。。

蕎麦がねえ・・違う感じがするんだよなあ。。

締まっている・・・ていうのかね?

いい具合にシコシコしている。

下手な店・・特に立ち食い系は、そんな店に間違って入ったモンにゃあ「金返せ!」ってな具合に、マズイからなあ。

チェーン店なんだからシステマチックに管理され、調理されて、何処に行っても同じ味・・てはずなんだけれど、さすがに蕎麦とかラーメンとかはねえ。
レトルト・・てぇ感じでもないからねー。

そのお気に入りの立ち食い蕎麦屋は、「注文が入ってからゆでますから多少お時間をください」って、ちゃんと断りを言うもんね。

だから、立ち食いで食ってきた蕎麦屋の中では、今のところ「一番」は、あそこだ!っと自分では思っている。

え?それは何処かって?
(誰も聞いてねえってのに)

秋葉原にあるんよねえ。

おっと、断っとくが俺はねぇ。


「アキバ系」じゃあねえよって。

Tuesday, June 02, 2009

抜歯&検査

バッシですよ。バッシ。
最近になって、歯医者にいくようになって、っつーか、長年のほったらかしのおかげで?抜歯をせにゃならん状況になってしまい、現在まで3本を抜いた。で、あと1本いずれは抜く予定。

あー、たまらん!

歯抜けだぁー。

最近の歯医者は、痛みの軽減化が、それこそ20年前とは段違い。
以前は、歯の神経をほじくる!には、もうそれこそ拷問並みの痛さ!
麻酔なんかされなかったが(これほんとだ)、今では、ちゃんと麻酔をしてでの処置をするようになっている。でも、麻酔無しなんてのは、考えてみりゃ「そりゃ無理!」ってもんだ。
この記憶があるばっかりに、歯医者に行くということをビビッテいたのは正直な話。
しかし、にっちもさっちもいかない状況になってしまい、堪らず歯医者に駆け込むということになった訳だ。

しかし、歯を抜くのは、それなりにつらい・・・

で、昨日はマトメテ2本も抜いた・・・

歯医者にレントゲンを見せられて「あー、貴方の歯は・・」、俺「ですねー、酷いですね・・」歯科医「4本は抜かないと・・」俺「ゲ!・・ですね・・」

ってな訳で、治療が続行中です。

もう奥歯は、見るも無残。

残りの歯を大事にしていかなきゃいけましぇん・・・

で、脳関係の検査。


先日の大阪ツアーの行き返りで疲労がケッコウ溜まってやばかった。

やはり、睡眠は絶対に確保しなければ「頭」に悪いことが証明されたです。
まー、発作は免れたけれど、その手前の「ヤバイ感じ」が、帰宅してからヒシヒシと頭の中がドロドロとなっていた。

睡眠を確実にして、何事も無かったが、アブネエ×2.

で、血液検査をやったところ、うーん。。。

やはり、体質的に「血液ドロドロ状態」の改善方向に全然なっていないことが判明。
それなりに自分では気をつけているつもりだったが、これまたお医者の指摘で「ただのつもり」だということが解った。

うー、まー生きてりゃイロイロある訳だし、それなりに年数かせいでいれば古くもガタも出てくるってことだ。
そのガタが出てくる形というか、ガタの出方をコントロールしなくてはならないってのが、メンドーだけど、それをやらないと、気がついたときには「ヤバッ!」なんて悠長なセリフもはけない状況になるってことなんだね。

これが、若くない・・という奴だ。

あー、面倒だ・・・って、ホザケルのも今のうち。

さっさとテメエでテメエの身体のメンテナンスぐらいやっとかないとイケネエってことだよな。

久しぶりにMRIというやつにかかって、自分の脳を撮影した画像を見せられた。
以前の傷の跡は、しっかり残っていて、これはもう修復不可能なんだそう。

そんなこんなで、脳の血管の3DのCG画像って奴を見せられた。

マウスでもって、クリクリと回転する脳の血管の様子とやらは、正直感動?ってのか、複雑な気持ちでしたな。
医者曰く「うーん、この辺の血管が波うっていて細くなっているでしょ?まあクモ膜かの心配は無いですが、この血管がなあ・・」

え?!

緊急にヤバイことではないにしろ、気をつけて体質改善に励まないとイケナイみたい・・・

ですよね・・

しかし、長い間下がらなかった「γーGTP」の値が、正常値に下がっていたのは、ちょっと安心。

蕎麦を食うようにしているからか?

しかし、その蕎麦も揚げモンダメだしが出てしまった。。。

あああぁ、せめて「かきあげ」でもダメ?センセ。野菜だしー。。。

ダメ!というお達し。

好きなもんを好きな時に好きなように食えなくなる・・・


あ”-!

それが決定的になる前に、食えるだけ食っとけ!・・・じゃあなくて、体質改善に努めます・・

でも、旨いもんは、ウマイしなあ。

たまにはええですか?

お願い!いいって言ってちょ・・・って、ダメですよね。

うーー・・・

Tuesday, May 05, 2009

今のうちにやっとけ!

残念ながら亡くなってしまわれた清志郎さんのことを考えたり、彼の映像をネットで見たりしながら思った。

やりたいことを今のうちにやっとけ!

そんなことを思った。

自分が、あの怪我でスッタモンダしている時も、そう思った。

やりたいことを今のうちにやっとけ!

モチロン、それにはいろんなハードルがある。

取り巻く環境ってのもある。

自分がやりたいこと・・・「今出来ない・実現出来ない」ことを無理矢理やろうとしても、出来る訳なんか無い。

実現に向けて、現実的に出来る事、目の前にあることを一つ一つ進むだけだ。
その向こうにあるかもしれない。
それに向かえるか?どうか?だ。


ネットには、くだらない事が一杯ある。
でも、このクニのメディアなんかは、全く信用出来ない。
いつでもそうだったのかもしれない。
でも、最近の傾向は、寒気がする。

言論の自由ってのが、屁理屈だらけの偏屈な物言いに脅かされている感じがする。

理論武装とかが、オカシナ方向にいってやしないか?

本音って、何だ?!

敵って何だ?

随分とマヤカシに翻弄されている気がする。

いろんなことを考えれば、人間って何だ?に到達せざるを得ない・・と思う。
でも、人間って・・・?

結局、自分が全てという訳ではないが、自分の感じるセンスを試されるという気がする。

ヤバイ連中なんざ、いつでもしゃしゃり出て来るんだよ。
それも、連中はバカじゃあねえから、っていうより勉強しまくって、裏の裏まで仕掛けてきたりするんだよ。

大抵、金で支配されちゃうし、後は「痛いところ」を突かれたり、それで脅かされたり・・・

でも、一般・世間・世の中・他人は、実のところなんざぁ、知ろうとも思わないし、関係なくても言いたい放題だったりする。

世論調査たって、今まで俺のところに来た例が無い。というか、誰かやった人いるのか?だから

あんな数字は、信用出来ない。

大本営発表なんざ、クソってことだ。

だいぶ文章が荒れたけれど、言いたい事は、言っておかないとね。

知識の羅列ばっかりの連中は、本音を言わないからな。

Saturday, May 02, 2009

忌野清志郎さん

清志郎さんが、残念ながら亡くなってしまった。

夜中のニュースで、その訃報を聞いた。

ショックだった。


清志郎さんの存在を知ったのは、「ボクの好きな先生」という曲だった。

RCサクセションという、「ある日サクセスするんだ!」としたバンド名と、その何というか?独特の節回しの唄が印象に残った。
俺が、小学生か、中学生の頃だったか?

そして、RCサクセションが爆発したのは、俺が学生の頃だった。
ド派手な衣装とメークで、ミックジャガーさながらのステージアクション、ストレートなロックサウンド、そしてあのヴォーカル。
何かをぶっ飛ばしてくれたような、そんな雰囲気があった。

日比谷のコンサート(VSサウストゥサウス)を観に行った。

圧倒的だった。
ホーンセクションは、モチロンRCホーンズだったよね。
片山さんや梅津さんがいた。

それから数年後に彼等と演奏する・・とは、全く思えなかった。

de-ga-showというバンドに参加してから、ある日片山さんが「清志郎でも呼ぼうかなあ?」と言った。

そりゃあいいですねー!っと、俺。

それからde-ga-showのアケタの店などのステージに清志郎さんがサックスを持って登場するようになった。

前後関係は定かではないが、de-ga-showのセカンドアルバムの「続」にライナーノーツを清志郎さんが書いたりもした。
俺の曲「suna-kaze」のコメントが、イカしていて好きだった。

そんなこんなで、de-ga-showと清志郎さんとで1枚アルバムを作ろうとなったのが、「ホスピタル」だった。
録音スタジオでは、清志郎さんの世界とde-ga-showのバンドの音との、せめぎ合いだった。
(そのスタジオは、EATJUNKを録音したスタジオだったなあ)
俺のギターの低音成分が多いので、エンジニアにカットされて、正直「ムッ」としたこともあったが、ある意味マトモじゃあないバンド=de-ga-showのサウンドに真っ向からその独特なユーモアで包み込む清志郎さんの作詞・ヴォーカルに舌を巻いた。

「ホスピタル」のライナーでスィンギンバッパーズの吾妻さんが言っているように「くだらない!本当にくだらない!」という歌詞にスタジオで初めて遭遇した時の事を想像出来ようか?

もう、抱腹絶倒!参りました!って感じだったんだよ。

清志郎さんが、「篠原連れてきて、声入れようか?」って言って、篠原涼子ちゃんがスタジオに来たときには、ドキドキしたなあ。。。
清志郎さんと涼子ちゃんが、ヴォーカルダビングして出た後のブースに慌てて行って、残り香をクンクンしたアホは、ワタシです。

「ホスピタル」ツアーのゲネプロ(ステージを想定したリハーサル)で、俺は遅れてしまったのだが、そこでの光景を思い出した。

de-ga-showは、なんだかんだといってもジャズバンド?
ゲネプロで、イスに座って演奏している・・・・

清志郎さん、やりにくそうで幾度もバンドを振り返っていた。

俺は、慌ててセッティングをして、立ってフルヴォリュームで演奏した。
それから、連中も立って演奏し始めた。
それからギクシャクしていたムードが一掃されて、リハは順調に進んだ。

京都での演奏前に、俺は考えていた。

ド派手な清志郎さんのステージングにどうやって対抗するか?だ。

圧倒的な存在の彼に、何をやってもダメかもしれなかったが、ダメでモトモト。
やるしかなかった。

そこで、EATJUNK製作の撮影時にもらったイッチョウラの皮のパンツを持参し、京都の町のお土産屋に飛び込んで、黒の「寿」Tシャツと黒のガウンみたいに見える「寿」をあしらった浴衣(ガイジン向けのオミヤゲね)を見つけて慌てて購入。(寿は、オメデタイだからね。オメデタヤってことさ)
まだ黒かった髪の毛を束ねて変な素浪人よろしくのいでたちにして、ステージに臨んだ。

俺は、彼に突っ込んでいきたかった。


ステージでの清志郎さんは、やはり圧倒的だった。
例えが違うかもしれないが、レゲエのベースのようなタイム感のヴォーカル・・そしての「あの声」だ。

京都「タクタク」の超満員のお客さん全てに「あの声」が、容赦なく包みこんでいった。

その説得力。

素晴らしかった。




あっという間の嵐のような演奏が終わり、打ち上げも済んでの後。

京都の街中のある居酒屋で、ひとりごちている清志郎さんに会った。

そこで、「酒井君は何年生まれなんだい?」と聞かれて「1959年っすよ」と答えたら、清志郎さん「じゃあ同じ年代だねー。」って。

あー、あのー同年代っていいますけどー、それって初めと終わりっすよねえ・・・っと答えたかどうだかは忘れたが、そんな会話を交わしたっけ。


清志郎さん。


あんた、最高っすよ。





ご冥福をお祈りいたします。

Thursday, April 16, 2009

ピッキングは、深い・・

当方ギター弾きであって、ギターを弾くってのもピックを使って弾いている。
それも通称「おにぎり型」の硬いやつ=フラットピックてぇ奴だ。

最近になって、このピックで弾くということの自分の進歩が、あった。

ギター弾き始めて、もうかれこれ36年。
このピッキングは、36年間の自分の悩みの種・・・でもあった。

ピッキングフォーム・・・まあピックの持ち方なんだけれど、今思うのは、決して一つの方法だけではないということ。

音楽・ギターを弾くという行為において、状況は変化し続ける。
だからピックで弾くということも、決してロボットのように同じ持ち型で通せる訳ではない。

簡単に言えば、汗だぁ力みだぁ疲れだぁ・・で、ピックは指から簡単にずれていく。
それを力まずに「どうやってピックをホールドしていくのか?」から始まり、そして各弦へのアプローチを「どうやってスムースに出来るか?」が、長い間の課題だった。

ギターは、ほとんど独学だ。
兄の弾いている姿に触発され、見よう見まねで始めたって訳だ。
それ以前には、オケイコゴトのヴァイオリン10年という経験?ってのもあるにはあるが、ことギターに関して言えば、通称「耳コピ」で習得してきた。

だから、ピッキングのフォームなんかにしても、これゼーンブ自分であーだぁこーだぁと悪戦苦闘する訳だ。

今現在、自分ではギターを教えていたりするのだけれど、先生がいるってーのは楽だよなあ・・と思う。
自分がやる気になっていれば、いろんなことを言ってもらえるのだから。

まあ、そんなこんなはどうでもいいのだが、最近自分で見つけたピッキングで、ようやく「かゆいところに手が届く」みたいになってきた。
ある状況で音がダンゴになることが解消されてきたのだ。

これは、自分にとって凄い進歩!!

そして、それだけではなかったのだ。


先日、自分の生徒と基礎的なピッキングの反復練習をしている時に思ったことがあった。
単純な動作を1分も続けていると通常疲労してもたなくなってくる。
それを今までは「コンジョー!!!」とかいって、自分では克服?っていうか、無理矢理それをやってきたのだが。

生徒は、明らかに疲れてついてこれなくなっていた。

俺はそれを感じつつも、自分ではずっと出来る感触を持っていた。
それこそ1時間でも可能みたいな・・・


そこでボンヤリ思っていたのは「あー、例えばアフリカの人達が何時間もノンストップで演奏出来るって、もしかしてこんな感じなのかなあ・・?」っと。


自分の出音は、凄く安定して同じように繰り返し音を出している。
その一音一音を出していくのが、凄く楽・・・というか、集中しているのだけれど、脱力していて全く苦にならない。
クソみたいな反復練習なんだが、まるで遠いところに歩いていくような・・そして何処までも行けそうな感覚を覚えていたのだ。

「ノル」とか「アガル」というレベル?でないような(まあ練習だしね)。
集中して且つ平常心?というか、いろんなことを思いながらも出音はしっかりと聞こえている。

どんどん自分の身体から意識が離れていくも、感じているような・・・


バードヴューとでもいうのだろうか?

そんな感覚になった。



何処までも行けるような・・・
無理矢理「そこへ行こう」とするのではない・・・

そんな音楽???!!!



何かヒント・・それも凄く重要なヒントがあるようで、俺は久しぶりにウキウキしてしまった。

Tuesday, March 31, 2009

JEFF BECK

ジェフベック・・

云わずとも知れた、ギターの鬼。

彼のことを何と表すか?は、俺がしてもしょうがない。



最近リリースされた彼の初のライヴDVDを見た。



彼が普段ライヴするスペースとしては、とても狭い・・ということだ。

キャパで200ぐらいらしいが。



なかなか興味深いDVD だった。



ジェフベックを聴くようになっったのは、ここ数年のことだ。

以前にも同じ事を書いたのかもしれないが、彼のことは勿論のこと知っていたけれど、音源を買って聴きこむということは、しなかった。



でも、彼のギターの独特なクセというか、特徴的な何かは、引っかかっていた。



ギターショップ(アルバムタイトル)までは、どうもリズムセクションの雰囲気が好きじゃあなかった。

特にフュージョン期というのか?ブロウ・バイ・ブロウとかのあたりは、好きになれなかった。



長いインターバル後、復帰した「フー・エルス」からは、ケッコウ好きだ。



で、最近のベックグループ。



ベースのタルちゃん・・・といっても、女の子なんだけれど本当にトンデモナイ!ベーシストだ。

とてもイロッポイグルーヴなんだよなあ。

そんでもって、とてもカワイイ笑顔なもんだから・・・

ベックおじさんも、演奏中にそんな笑顔を返されたら「ガンバッチャウ!」訳だよね。。。。



しょうがねえなあ・・・ベックぅー。



このタルちゃんの加入、凄い効果をもたらしているのがよく見える。



技術的・音楽的な側面はもちろんのこと、そういったメンタルに与える影響力は(特にベックに対して)、彼女自身が意識しているとは思えないが、明らかにあるなあ。

そんなことを彼女にいっても「女と男を区別するのは、好きじゃあないわ。」で終わっちゃうだろう。

事実、オンナということに?という質問に対して、そう答えたインタヴューを読んだ記憶がある。



そう、ようやく組み合わせの妙というか?

ジェフが望む、いい雰囲気の「バンド」が出来たのだろう。



しかし彼は、完璧だよなあ。

完璧・・・うーん。言い表せないね。



とにかく、トーン・音の表情が、以前にも増して芳醇というか?妖艶というか???



シンガーのバッキングのコードカッティングにしたって、普通っぽくやっているのに、全然違う!!!

そこに「何か」があるのだ。



もう、音が物凄く豊かに鳴っている。



キーボードいらない!って感じの鳴り方だ。



全てが「そこにある」のだ。



ナンなんだろう?このサウンドは!!!



それが、ジェフ・ベックのジェフ・ベックたらんところなんだろうか。



特に「ローリン&タンブリン」のリフときたら・・・



カッコイイとかとっくに飛び越えて、どうやったらこれを弾けるのか?

シンプルなリフなんだけれども、全然・全く解らない!!!

「スキャッターブレイン」は、技術的に難易度が高いし、俺は勿論弾けないけれど、練習したら「もしかしたら弾けるかな?」と思ってしまうものだが(本当は出来るかどうか?ワカリマシェン!)、この「ローリン・・」とか、シンガーがいる時のコード・リズムバッキングは、全く解らないのだ。
凄いリフの弾き方・・・つーか、「ナンじゃあ?これー?」って、仰天びっくりでした。

そりゃあコードとか解れば、そのコードをナゾルことは出来るけれども、ジェフのような「音」には、絶対になりはしない。あんな音・・・絶対にジェフ以外出せない!!!
圧倒的な雰囲気を出してしまうジェフに、もう参りました!!!ってことなんだね。

そんな「音」そのもので圧倒しひれ伏しさせてしまう人って。

うーん、今思えるのはZZTOPのビリー・ギボンズさんぐらいかなあ?




これって、このDVDでのクラプトンのバッキングの音と比べてみればよーく解る。

比べるのは意味が無いけれど、クラプトンったって、例えばすぐ横で弾かれたもんにゃあ、ぶっ飛びの音だと思う。

タイミングやグルーヴ感やら、尋常じゃあないはずだ。

でも、あえて言うならば、ギターの音って感じがしてしまう。



いや、凄いんですよ!クラプトンは!しつこいですがー。



でも、ジェフは・・・





別次元なんだ・・・って、見せ付けられたDVDでしたねー。

Tuesday, March 24, 2009

いいチームだったね!

WBCですか?
野球は、そんなに好きってんでもない。
でも連日のナンやカンやと言われては、気にならないって訳にはいかなかった。

結果、優勝でよかった・よかった。
韓国チームの粘りは、凄まじいでしたね!彼らは凄いよ!本当に。

勝負は時の運。

結果に対して、ああだこうだ・いろいろ言われるけれどもね。
でも、あの大会・試合は、出場選手達のものだ。

プレイヤー達のものなのだ。

外野・・・見ている観客は、観客さ。

そりゃ勝てば嬉しいけれど、そこに参加している選手全てが、主役だよ。

やれクニが・・とかさ、もういいよ。そんなの。

ゲームが終われば、「ノーサイド」だよ!
素晴らしい試合の数々だったんだ。
それでいい。


優勝してからのシャンパンファイト?っていうの?
あの映像で大笑いしてしまったよ。

皆、ただの野球少年!

ってか、「ガキ」!!!

最高のシーンだったね。

裏方の選手・スタッフを胴上げしてて思ったのは、「ああ、いいチームだね」っとね。
その後でマー君には、囲んでケリ!アハハハ!最年少だしなあ!イジラレルわな!
でも皆、田中選手を認めているんだね。
いい先輩達に会えたんだね!
甲子園では優勝逃したかもしれないが、でも!だよー!!それは凄いことさ!


イチローもよく喋る!笑う!
物凄い緊張から解き放たれて・・・・それも最高のシーンだったね。
「いろいろ打席に入って思ってた。」なんて言ってたけれど、身体が反応するんだね!
考えているだろうけれど、その瞬間は「反応するだけ」なんだと、勝手に想像するなあ。

ある選手が、優勝後の談話で「このチームでもう少しやりたかったな!」って言っていたらしいけれど、そうだろうなあ・・・

松坂も帰国組みを名残惜しくなりそうだったから、見送らなかったっていうしね。

素晴らしい瞬間を過ごせたんだね!


そして、皆日常の厳しい戦いに戻っていく。


いいチームになれて、良かった!

Monday, March 16, 2009

思い込み

最近何処かで聞いた言葉。

音楽の説得力について。

1960年代を知る、某有名ディスクジョッキーの人曰く。
「その当時のミュージシャンは、本気で世界を変えようとしていたんだ。全く迷いは無かったと思う。そこからして、音の出し方が違ったんだよ」・・・等。

そういうこととは違いますが、最近思い出したことがある。

かつてIMAバンドに拾われて間なしの頃。
コンドーさんに聞かれた。

「サカイ君は、どうなりたいんだ?」

俺は、答えた。




「スターになりたいんです。」



!!

ううう。

スターって・・・・

我ながら、物凄いことを口走ってしまったものだ。

これは高校入学時にクラスでの自己紹介で、ある奴が言ったことのマネでもあった。

担任「将来の夢はなんだね?はい、サカイ君か?」
「はー、ギタリストで・・」
担任「ほー。ではI君は?」

I君「僕は、スターです!」

野郎ばかりの男子校のクソ面白くもナンとも無いクラスが、ドドッと沸いた。

このI君。

けっこうひょうきんな感じの奴だったが、実はビートルズ・ポールマッカートニーが大好きで、マジでビートルズになりたい!と思っていたに違いない奴だった。
実際彼のバンドは高校生としてはけっこう上手かったし、彼のベースもボーカルもかっこよかった。
でも学校の中では、そんな感じなどおくびにも出さなかった。

その彼の一言が印象に残っていたから、つい口走ってしまったのだろう。

だが、コンドーさんには、その先を言わなかった。

それは「どんなスターになりたいのか?」そして「スターとは?」というか・・・

自分が考えていたスターというのは、身も心も削って、全て音・音楽にして光り輝く存在・・ってな感じ?に思っていた。

具体的に言えば、



ジミ・ヘンドリクスとボブ・マーリーを足したような存在になりたかったのだだだ!


・・・



ウヘー!それって世界一だし。。。。

と言うか、歴史に残るような人以上になりたいってこと????

若いってホンットに思い切りバカよねー。

恐れ多いというか、身の程知らずなんですがねー!!




そう、かなり本気で思っていたふしがある。

まあ今となっては、自分以外にはなれない!ってことが解っているツモリなのだが。。。
その自分ってのを思い切り出せるか出せないか?ということだと思っているけれど。。。

今、これを書きながら過去の自分が恥ずかし過ぎて・・・

一人で赤面してしまっている。


でもまあ~、思い込みですから。

そのぐらい、ダイソレテないとね~。

やれませんってね!

Friday, March 13, 2009

もーどうしてだろうか?っていうか

っていうか!なんだなあ。

何って、最近の(相変わらずでもあり)の政治模様だ。

民主トーをはめようって魂胆丸見えだもんな。

別に民主を支持している訳ではないが、この60年間も続けられた結果のこの「アホくさいもの」をどうにかしたいだけだ。

表に出てきているニュースだとかは、信用に値しない。

大手の検索サイトの書き込みなんか、ある種の意図も感じたりする。

ああ、嫌だ。

だが、選挙には必ず投票する。

実際、これしか参政権を行使出来ないのだ。

唯一の手段であるからには、それを放棄する訳にはいかない。

自分のセンス・考え方で投票するだけだ。

野球だぁなんだと目くらましなんか、されない。

「いい方向」とは何か?を考えているだけだ。

Tuesday, March 03, 2009

パフォーマンス

人前に出て、何かする。
自分の場合、ギター弾いてガーガーがなって声出して、汗水たらして冷や水飲んで・・ってのか?

何かを表現したくて、ワザワザ人様の前に立ち、ああだこうだする訳だ。
何か表現たって、これ何を?と言われてもケッコウ困る。

「愛」とか言っちゃったら、ま~カッコいいこと・・・なのか?

そんなこと言ったもんにゃあ、俺の場合だったら間違い無く「ダサい」となるだろう。
ブッチュ君みたいに靴がビシビシ飛んでくるだろう。

音楽???

たってなあ。

俺の弾くもんは、どうしたもんだかなぁ。

自分では、ケッコウな線にいっているじゃあねえか?と思うのだが、人様にはどうも解らないことが多いらしい。
悲しいかな・・・

それでもって経歴とかプロフィールとかで、「ああ、この人は・・」みたいに判断されても微妙な感じもする。
ライヴの瞬間は、それこそ一瞬の瞬間なのだが、その人の全てが出てしまう。
しかし、その人の全てを理解というのか?感じることというのは、とんでもない感性が必要になるはずだ。
大方、断片しか感じられないだろう。

最近、人の演奏を聴いて思ったことがある。

その人の演奏内容を分析してもしょうがないことだが、まあケッコウがんばっていると思った。
ステージの構成も良く考えているし、その場に応じて臨機応変に構成を変えていくことや、それに費やす練習量などが感じられて「大したものだ」と思ったのだ。
が、何か引っかかる。というかなあ。

お客は大いに盛り上がっていた。
でも、俺は妙に醒めていた。

何か自分が素直に「それ=彼等のパフォーマンス」に対して反応していなかった。

随分なところまで解っている?のだろうが、肝心なところの「勘違い」みたいな???
それでいいのか?みたいな。。。

その部分は、多分お客さんには解らないことなのであろう。
解らなくてもいいのかもしれない。
大体整っていれば済むというか?
マスキングされるというか?

決してマニアックのみが本道などと思っている訳じゃあない。
例えばポップやド演歌だって、いいものはいい。

しかし、しっかりと「コーティング」されたものを見抜くにはねぇ。。。

これ売れているものもそうでないものも「ある」んだよなあ。

大体、解りやすく表出しているもので判断されてしまうからなあ。
姿・形やしゃべり方や音の出方でね。

その裏側のものが、実は・・・ってことなんだけどね。

Wednesday, February 04, 2009

ワリと読んでる隔週の漫画誌があって、そのなかで最近始まったものがある。
作者は、有名な・・どちらかというと、ちょっとオーバーなストーリーを得意とする、男っぽい話を書く人だ。
そんなに嫌いではない。
その最近始まったストーリーには、山の中で生きるというか、社会からドロップアウトした人間が、まるでマタギの人みたいに生きようとすることが描かれている。
都会・・人間のというか、今のこのクニの社会からドロップアウトして生きるというのは、何にしてもキツイ。
何でもかんでも、金さえあれば手に入れられる世の中というか、このクニ。
これは、金が無ければ、このクニでは生きていけないことをも意味してしまう。
しかし、そんな金という価値の「ようなもの」というのは、不況になってしまえば途端に力を弱め、それまで肩を風切ってイキガッテいた連中でさえ、ただの人にしまう。
また更に弱い輩は、簡単にハジカレてしまう。

そんな弱い男が、一人山に入り、言うならば生き方を模索するとでもいうのか?

ある意味、このストーリーの行方に興味がある。


もう30年も前のことだ。
10代後半から、その頃の友人と山に幾度か行った。

丹沢方面が、主だった。

ある時は、沢登り。
またある時は、神ノ川だったか?の上流の方の河原でテントを張って野営したり。
テントを張るとすぐに日が陰ってくる。
早くメシの仕度をアタフタとしながら、次第に夜は深けていく。
辺りには、当然の事ながら電灯など無い。
焚き火を囲み、酒を飲み、アアダコウダと自分達の将来の事をあてども無く喋り続けた。
リーダー各の奴は、幼少時から絵が上手く、将来はアニメ作家になると言い、
人が馬鹿みたいにいい奴は、役者になると言い。
俺は、ミュージシャンになると話していた。

俺達は、言っていた通りにそれぞれの道を歩き出した。

今は、彼等はどうしているのだろうか?
元気にやっているのだろうか?

人がいい役者志望の男は、ある劇団に所属して、そこで主役を張ったりもしたが、生活がまま成らぬ為に劇団を辞め就職し、そして随分経った頃に電話があった。

大阪に単身赴任だと言っていた。

それも10年以上前のことかもしれない。
その後、連絡の取りようが無くなってしまった。

リーダー格の奴は、早くからCGの世界に入っていったはずだ。
自分でアトリエというか、自分の事務所を開いて何とかやっているはずなのだが。

彼等は、どうしているのだろう?

その彼等と南アルプスの前方の山に入った事がある。

静岡駅から阿部川を上流に向かってバスに乗り、古い温泉湯治場で下車して、それから山に入っていった。
多分、二泊三日程の行程だっただろうか?
雨の中の登山であった。宿泊もモチロン雨の中でテントを張り簡単な食事をして・・と、そんな軽い縦走だったのだろう。
ただ、俺にとっては、軽い縦走といっても、とても「重い」ものだった。
体力・持久力が劣っていたために、登山道にはかなり苦労した。

そして、その山を縦走する行程の中で、観光地とは程遠い景色を垣間見た。

大崩落、という場所だった。

かつては富士よりも高い山だったというその山が、火山活動による大噴火で山頂からほとんど吹っ飛んだ、その大きなウネリの証のような場所だった。

それは、人間など足元にも及ばない圧倒的な岩石量の聳え立つ切り立った岩壁だった。

恐ろしかった。

それが大自然というものだろう。

なんともちっぽけな自分がそこにいた。

それを思い知らされたような気がした。

山から下山すると、妙にまた山に行きたくなった。
人間社会?の煩わしさが際立って感じたような気がした。
それも日が経つに連れ慣れて鈍化していった。
また繰り返す日常があった。

20代は、自分の足元が脆弱で、とにかくイラついていた。
実力も当然皆無だった。
自分をどう高めたらいいのか、方法さえ解らなかった。
闇雲に上手くなりたいとだけ思い、練習するだけの日々だった。
唯の思い込みに等しい「情熱」?というより狂気じみた想いだけが、
自分のよりどころだった。

それは単に自分が甘かっただけだったのだが、
刺激の無い学生生活は退屈なだけだった。
それはそうだ。自分と望む方向が全く違う世界であったからだ。
当初は、周りとの温度差に愕然とし呆れていたが、
やがて自分から行動を起こさないとダメだと気が付いた。

早く自分の望む違う世界に飛び込んで行き、
そこで刺激を受けなければ、
自分はどうにもならずにただ散っていく、とだけ感じていた。
しかし行動といっても、地道な・地味な一つ一つの積み上げしか出来なかった。
自分なりに自分を磨くしか術は無かった。
焦りながらも時を待った。
そうするしかなかった。
切迫した気持ちだったと思う。

凄い奴に会いたかった。
そう思い続けた。
何故か。
多分、自分を信じていなかったからだ。
疑っていたのだ。
自信などというものは皆無だった。不安だったのだ。
ギターがある程度上手くて多少チヤホヤもされたが、
そんなことはレベルが低すぎて、気持ち悪くてしょうがなかった。
「こんなはずではない。俺のこの程度では、あの世界では通用するはずが無い。
まだ圧倒的な者に出会っていない。」
もしそれに出会って自分の存在をも吹き飛ばされてしまうことであってもそれでよかった。
吹き飛ばされたかった。
そこで、初めて自分が試されると感じていた。
それでも自分が踏ん張れるかどうか?
俺には何か有るのか無いのか?

生き残れるかどうか?


そして出会ってしまったのが、古澤良治郎さんであり近藤等則さんだった。

自分にとって不足は無いどころでない強烈激烈な男達だった。

それからが、修行の本番突入となったのだ。

Monday, February 02, 2009

年齢というやつ。

今年も、ありがたくも歳を一つかさねることが出来た。

実感というものは、年齢を何かに書く時に「おっと!待てよ・・俺って・・」という感じで、実感するのであろう。

これまでの数十年間、ナンとか生きてこれた。

迷惑だぁ、面倒くささだぁとかを周りに撒き散らしながら、ナンとか生きてこれた。

生きてこれたのは、自分の力とは、全然思ってない。
「自分で生きてきた!」と思う人は、正直うらやましくもある。
それだけで、偉いと思う。

自分はナンだか解らなくて、ボーっとしてきたのかもしれない。

そりゃ幾つか試練というものがあった。

生死の境目を行き来したこともあった。

それでもナンとか生きてこれたのだ。

ありがたいことだ。



ある電車の中で。


幼子と若い母親との笑顔のやり取りを見た。

微笑ましくもあり。

多分、世界中で一番優しい瞬間なんだろうか。
その幼子は男の子であるから、今から数十年後には、否が応でもメンドクサイ現実に立たされる。
まあ、男の子であろうとも女の子であろうとも、同じかな。
大人って辛いね。

無条件な幸せに包まれる至福の時から、現実という日々に叩き込まれる。

誰でもがそうなのだ。というか。

その無条件の至福の時期を体験しなければ、それから「生きる」という試練も含めの現実に向かうのは、厳しい話だ。

その親子の姿を見て、そう感じた。

「優しい」は、いいね。

よかったね。




人は、難しい。
一人では、生きてはいけない。
どうしても他人と関わっていかなければならない。
他人と関わるには、少しばかりであっても喜びというものが必要だろう。
全てが苦痛であったならば、それは辛い。
だから、喜びを見つけること。
関わりそのものが、喜びであるということになるのが望ましい。
その片鱗を探し捕らえて、手繰り寄せるというのだろうか?
そういうセンスが必要に思う。

ああ、それは自分の思考なんだな、きっと。

自分を表して、それが人との関係において「喜び」になれたら、それは嬉しいことだ。

またそれが、相手がそうであるならば、自分も嬉しくなる。

バンドってのは、それが基本のような気もする。
アドリブってのも、例えればそういうもんだし。
リズム・グルーヴっていうか「ノリ」というのもそれだ。
でも、それを実現する自分というものが、要求される。
自分自身を鍛えておかなければ、「それ」を実現出来ない。
それは、孤独の作業でもある。
メンドクサイ自分自身に対峙する。
それは喜びに向かおうとするからだ。

っていうか、それはやはり、自分の思考だね。

それでいいと思う。


仕事というもの。

ある意味、それとは間逆であるのか?

利潤の食い潰し合い、だからだ。

だが、それを常識としていること。
随分と奇妙というか、オカシナ話だ。

他を傷付けたい!ということが基本のエネルギーだとするってのは?
ナンだろうか?

弱肉強食というものが常識であり、それがあっての日常だとする考え方?現実?には、やはり抵抗感がある。

だから甘いだぁナンダカンダ言われてきた気もする。

そだね、甘いんだろう。

そうさ、人を傷付けたい!なんて、俺は、そんな変態じゃあねえもんな!
ましてや、キズツキタイ!なんざぁ絶対に思いませんって。

やだよ、そんなの!

Wednesday, January 28, 2009

新年早々もはや過ぎて

もう正月だとかではないのだ。
が、アメリカでは8年間続いたブッシュの悪政からオバマへと変わった。
細かいニュアンスは、日本では解りようがないが、アメリカの不況への対応する速度というのが、やはりここ、日本とは大きく違う。アメリカは圧倒的に早い。
勿論、オバマが大統領就任までの数ヶ月間をその準備に当てていたとしても、不況の震源地でもあるアメリカにとってみれば、対応は急務でもあるし、待った無しの状態でもあるだろう。
オバマが放ったメッセージが、今後どのように実現化していくのかが、注目されるところだが、今現在の日本にとっても、悠長なことは言ってられない。
定額給付金だぁ経済対策というものが、旧態依然としているばら撒きやらその場シノギの感は否めない。

どうしてそんなに頭悪いのだろうか?

というのか、今現在において、消費税を3年後だっけ?に引き上げると、何故に法制化しなければならないか?
今まで税金やら保険料やら年金やらをジャブジャブ無駄使いどころか、ネコババ横領しまくっていたのにだ。
そんなことの反省もあったものではない。皆無だ。
つまり、消費税を引き上げることを明記するのは、このクニの中枢が変わらないとするということだ。
コクミンから税金を毟り取り続けるということだ。


話は変わる。
少し前に、電車の車内にて聴いた会話。
「俺は、やりたいことやるんだよ。」
「周りで死にたいなんて言っているのは、どうでもいいわけ!」
「あの会社はどうのこうの・・・」
「営業が6人必要なんだよ。それで創設メンバーとして・・・」

ケッコウ若い・・多分20代後半から30代前半のリーマン?だけど起業したい系ってんですか?の会話だった。

未だこんなサモシイ事をのうのうと疲れきった夜の満員電車の車中でノタマウのかい!
ったくもう、ダメだよな。バカモノだからな。
人間を大事にしていこうとしなければ、この不況は切り崩すことなんて出来ないのによ。
アイも変わらずの「オラオラ系」かい!
誰が金持ってるだとか、あの会社のバックは・・・とか、耳に入ってくる言葉が気持ち悪くてしょうがなかった。

ああ、どの世代にも・どこの世界にも・いるんだろうな。

だから、こうなったことでもある。

いちいち落ち込んでなんて「いられない」のだ!

こうしている間にだって、ガザ地区ではどうなっている?
他の世界中の紛争地域は、どうなっている?
いつも無謀にも殺されていくのは、力ない女・子供・普通の市民達だ。

ではどうすれば?


それは、永遠に問われ続けられるのだ。

自分が何が出来るのか?
それ以前に、自分が何を思うのか?!
そして、自分の出来る範囲で何を持って行動していくのか?

それが基本だ。

誰でもが大統領になれるが、誰でもが大統領にはなれないのだ。

自分は、たかが自分でしかない。
他の誰でもない。他の誰かなんかには、なれないのだ。
自分は、自分であるしかないのだ。

では、どうする?

どう生きる?

それが、いつも問われている現実なんだ。

金などは、ただの紙と金属の塊だ。
それそのものに、価値など無い。
単なるイメージでしかない。

それに踊らされて、舞い上がっていたのだろ?
バブルも当の昔だっていうのに。
それで世界不況たって、ナンだよ!
昨日と今日とは、何が違うのだ!
ただのイメージが、幻・嘘八百だとバレタだけだろう!

それで、年間何万人自殺者がいるのだ!
路頭に迷う解雇者が何故にいるのだ?

それで、現政権は、何をやっているのだ!

バカばっかりだろう!

バカなふりして・・・か?

今年もまた、怒りまくりかぁ?

しょうがねえなあ!

Wednesday, December 31, 2008

明けましておめでとうございます。

明けまして おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

ってな感じですが。

もう、数百年ぶり?ぐらいに、紅白歌合戦というものを見た。

いやー、けっこう面白かったですな。
っていうのは、この期に及んでアテブリノーマイクの奴は、いるのか?ってのは、そういうのは置いておいて、テレヴィとはいえ、ライヴでの歌唱力の差が歴然と出ていることが、面白かった。
ベテラン勢は、強いですねー!

個人的には、布施明さんと天道よしみさん。
それからダントツに

森進一さん!

でしたねー。

森進一さんは、「おふくろさん」問題で、スッタモンダしていたらしいが、やはりこの唄無くして森進一とは言えないし、森進一しかこの曲は歌えない・・と言う感じがした。

そんなことより、もっとショックだったのが、曲云々ではなく、森進一の圧倒的な存在感だったですねー。

ある意味、狂気と紙一重の雰囲気。

狂気を孕んだ、その存在を否応なしに見せ付けられた感がありましたね。

凄い!言葉ありませんでした!

全くのオリジナルな存在だし、世界的なヴォーカリストであるというか・・

かつてIMAバンドでテレヴィ唄番組出演があって、森進一さんも収録だったんですが、アイドル歌手の声なんか細くて全然聴こえないんだけれど、森さんの唄声は、収録スタジオ一杯に「声」が埋め尽くされた・声に包まれた感じがして、圧倒されましたね。
これだけ違うのか!!!っと。

全く違うのですねー。それを思い出しました。

すげえや・・・

ぶっ飛びました。

彼は、唄無くしては、存在出来ない・・そんなギリギリの・・でも圧倒的にプロフェッショナルな存在になったんですねー。

横一線に「唄」だけでの一発勝負ですから。

紅白の意味?って別に意味なんかどうでもいい!のですが、そんな一発勝負の場面は、スリリングでもあります。

だから、普段のテレヴィ唄番組なんか、アテブリだしカラオケだし唄歌ってないし!ツマラナイんですね。

圧倒的にツマラナイ!!!

そこんとこ解ってないっていうか、売れれば唄なんかどうでもいい!体質が、結局唄とか音楽を衰退させてしまう元凶の一つなんだろうなあ。

CDが売れない!とかネット配信とかの問題じゃあないですね。

そういう音楽をするべき「存在」の人を大事に、そして次世代のそういう存在を真面目に発掘していかないとダメだよなー。

国民的人気?の五人組とか、白組のトリの奴だとか、終わってンもんネエ。。。
唄がうまけりゃいいでもないし、まず唄歌えない奴等って、ダメじゃん!


っと、他人の振り見て我が振りナオセ・・ですねえ。

で、セクスィ部長。

あんたは、最高でし!!!

短い時間でも、ぶっ飛ばしてました!!!

そ、セクスィ部長でしょう!!!!

Wednesday, December 17, 2008

歳は、重なっていくものか?

もういくつ寝ると、お正月・・っと、今から思えば「能天気」にカレンダーを眺めていた頃が、懐かしい。
確かに、そういった思いは、既に俺には無い。

ああ、大人って奴なのかね?

おいおい、でも今頃「大人」って奴を実感しているのか?と、自分でも驚く。
しかし、自分が「大人」であるということも、忘れている・・・?!

40・50はハナタレ小僧・・・と、何かの格言らしい。

言い訳という程のことでもないが、そう思う。

まだまだ「青い」。

物事全てを達観出来るようになることが大人だとすると、俺など「ガキ」そのものだ。

しかしそんな輩などいるのであろうか?

経験・発想・実行力等で、出来る男?人間は確かにいるだろうが、思うにそういった奴ほど「壊れて」いたり「破綻」していたりするんではないか?と思う。

っというか、そういう奴としか会っていないのか?

理性に溢れ、物事に深い洞察があり、慌てず騒がず飄々としている。

そんな人間になってみたいが、どうもなあ。。。

自称、精神年齢15歳じゃあなあー。どうもこりゃ、「すみません!」しかないようだ。

そんなこんなという、軽い言い方では済まされない、世の中の動きがある。

好況・・という、自分には少しも実感が無かった状態が、この数ヶ月で世界的な不況に突入しているという。
それも、構造的にある程度説明出来る学者先生もいらっしゃるだろうが、素人の自分には何が何だか理解不能だ。
市場経済云々が、破綻状態?なんですか?

グローバルだぁなんだかんだ、ビックバンだぁ・・インターネットで世界中とか。
金持ってる奴が勝ち組・負け組云々・・・結局、おじゃんってこと?

なんだかなあ・・・バカらしい!

これ、ブッチュ君が、靴投げられた・・てのに象徴されるように思う。
ブッチュ君・・なんて君付けするのも必要無いが、コヤツのやってきた事のオゾマシサというか実態が、世界経済破綻を招いた元凶の一因のような気がする。
それにコバンザメよろしくべったりだったコイズミってのは、一体何だ??!

一体何百万人という人間を戦争で殺して、軍事費をジャカジャカ使いまくって、ハリケーンカトリーナに対する援助なんかボロボロに出来なくて、最後に破産状態で終わりってか?
「テロとの戦い」って、お前がテロリストだろうが!

コイズミも「ジミントーをぶっ壊す!」っと、ハデにぶちまけたあげく、ぶっ壊したのは、国民生活だったってことだ。
ニホンは、年間の自殺者数が3万人を超える。
それが、何年間続いているのだろうか?
何万人殺しているんだ?!

これが、ある側面からの穿った見方だ。

あえて、穿ったと言わせてもらう。

グローバルスタンダードなんて、言葉に踊らされて、結局招いたのは、世界的な不況ってのは?
その間に格差社会を作り上げて、これが人間の進むべき道のりなんだろうか?

この後始末に翻弄されるのは、一体誰だというのか?

今もニュースで、税金の使われ方のメチャクチャさが、報道されている。

本当にメチャクチャだ。
外郭団体だとか、ナントカカントカ。

こんなにしてきてしまったのは、自分達が悪い・・と、言えるが。
本当にそうか?というと、そうでもない。
解らないように、隠蔽してやってきたことだし、また政治というものの情報公開を徹底的に行ってこなかったから、チェックなんて出来ない。

これ、なんだかなあ。ダメだろうよ!

民間企業にしたって、トヨタだなんだと世界的な企業が派遣従業員を大量解雇だと。

厚生年金や健康保険・医療実態や社会保障・・所謂セフティネットのことが、自己責任なんてオカシナ文言で無視されてきた。

で、不況だ。

セフティネットが、さあ!重要な時なのに。
「消費税上げる。財源が無い」って。オマエヨー!

アッソー!ふざけるな!

だから、現政権全員クビ!徹底追放!
懲戒免職でいい!こいつらは。
国家公務員・外郭団体・天下り徹底整理とリストラ。
国会議員は給料無報酬。出来なければ、一律年収300万。そんなもんでいいだろって!
それで、2世議員廃止。

もうさ、何でもカンデモ「まとも」になろうや。

そのチャンスってのが、今の時期なのかもしれない。

俺もまともになれるのかね???

Tuesday, November 11, 2008

この時期ですかねー。

時期は、どうだか解らん。
ジエータイが、ああだこーだというのも、知らん。
少しは知っているぐらい。

疑問に思えるのは、自分で体験していない歴史について、断定することだ。

つまりはこれ、思い込みじゃあないか?

ああ、だからニホングンは、カイホーしたから偉いとか。
悪くないって、俺にはそうは思えない。
ただ、戦争は知らないが、自分の想像出来る範囲では、醜い殺し合いというだけだし、コッカカンの戦争は、イデオロギーで起きるなんて全く信じてない。

どっちがぶん取るか?脅かし、命の危険を思い知らせて、相手を恐怖に落とし込めて、奪うのが戦争だと思っている。
だから、占領した時には、略奪・強姦・虐殺があるのが、戦争の実態なのではないかと思う。

でも、いるんだなあ。

戦争をおもちゃにしたい奴等が。

戦闘機に何で民間人が乗れるのか?

力があるから?

どういった力なんだろう。

あのジエータイのお偉いさんだった奴は、生活が厳しいから退職金は返さないとね。

職務の途中で、これは言ってみれば国家公務員の職務規定に違反するんではないの?
よくは知らないが。

で、もっと解らないのが、ネット上で「支持」があるって???

ああ、言論の自由だからね。

俺は、不支持だ。

理由?

戦争は嫌いだから。殺されそうになるなんて、もう金輪際真っ平御免だからだ!

俺の生まれる十数年前まで、このクニは、それをしていたからだ。

Sunday, November 09, 2008

爆麗音が好きなのだ。

週刊ビジネスジャンプだったかに連載されている「爆麗音」というマンガが、好きだ。
他にもいろいろ好きなマンガはある。
「フグマン」とか、ちょっぴりエッチなのとかね・・

いや、この爆麗音の話だ。

主人公の「音無歩夢」君という、歳は高校生ぐらいのギター少年だ。
バンドを組んでいて、どうも自分より年上のメンバーばかりなのだろうか?
日頃からおとなしい彼なのだが、自分の好きなロックの世界でもおとなしくせざるを得ない・・そんな感じの日常。更に彼はメチャクチャ素直な性格・・それが邪魔しているのか??
でも、リハとかライヴでは、「あの感じ」が来てしまうと、バクン!と歪ペダルを踏み込んで、全開フルヴォリュームでぶち壊してでもイッチャウ!そういう男子のお話だ。

連載初頭だったとは思うが、渋谷のハチ公前あたりらしき交差点で、でかいスクリーンに「ジミ・ヘンドリクス」らしき映像が映し出され、それ歩夢君は見上げていた。そんなシーンからこの漫画は始まったと思う。

そんなとこから、気持ちをワシズカミされていたのかもね。

そうなんだよ!ジミなのだよ!
解ってんじゃあないの!!

でも、彼はレスポールだ。
俺も・・高校生の頃は、テレキャスターのコピーモデルだった。
レスポール、すげえ欲しかった!
レスポール買ったのは、高校卒業後だ。

彼の自分のアンプは、お金も無いから練習用の小さい電池駆動の小マーシャルだったりする。
ギターと頼みの小箱「ディストーションペダル」。
それが、彼を解放する魔法のアイテムなのだ。

彼は、まだ自分が何者であるのか知らない。
ただただ、自分の欲求に忠実に弾くだけだ。
「あの感じ」を天才的に感じ取り、それに対して忠実に自分を解放しようと、全てを音に放り投げる。

最新のものでは、「何故それを求めたのか?その理由?がそこにある」というところまできたのだが、あれぇー?という展開になるようだ。

うーん、作者は芸が細かいねー。

たぶん、そう簡単には、そこの領域まで到達させないんだろうなー。

音楽というものをこの作者は、「善と悪とが交じり合うとんでもない光の渦」と書いている。
なかなか鋭い表現だなあっと思った。

そして「もっとパワーを!」っと、歪ペダルのレベルを上げる!

そうなんだよ!

でも、そこに行くのは「並みじゃあ出来ない」ものだ。
世界でも、言ってみれば「天才」と呼ばれるミュージシャンが、それを具現出来ると思う。
それを持ち合わせている「人間」だけが、何かの必然で「それ」を探り寄せ、放出出来るっとでも言うのか?

そういうものだと思う。

その渦中にいる者は、一体自分が何者だか、解る訳は無い・・と思う。
否、気付くかもね。その過程で必ずや気付くはずだ。
周囲がそれを認めるかどうかは、わからないが。

ただその者は、自分の欲求に忠実に従って行く。
それを「しなければいられない」と自然に?必然にやっていく。

そういう風に主人公は、ただギターを弾き、多くの出会うべき人達に出会っていく。
物語は、そんな風に展開していっている。

解ってんじゃあないノー!(って、俺は解ってないが)


先回では、あるライヴが、出会うべくして出会ってしまったライヴとなって、ロック・クラシック・ブルーズ・ジャズなどが混沌とした状態で、主人公がそこで爆発するという状態だった。

でも???

次回が楽しみだ。

どうなっていくのだろう!?

Wednesday, November 05, 2008

CHANGE!では俺達は変われるのか?

アメリカの大統領選挙で、オバマ氏が次期大統領になった。
熱狂している人々の映像を見て、アメリカらしいなあ・・とも思った。
いろいろの見方、表から裏から様々にあるだろう。
でも、多くの人々は、「変わるんだ。そしてノーモアブッシュ!」の思いに賭けたと思いたい。

では、俺達は?

大統領選挙の結果が出たところで、次期大統領の対日政策は?とか、報道されている。
アソーなんかは、経済を立て直すとか言っているけれども、どうなんだ?
どうでもいいけど、人相悪いよな!アイツ!ドンだけのもんか、顔に出ているんじゃあないか?

詳しいことは解らない。

だけれども、規制緩和と称してメチャクチャにしたのは、ジミントー政権だろ?
格差を決定的にしたのは、ジミントーと現政権だろ?
郵政民営化にしても、全然解らないじゃん!
何処がいいのか?解らない。というか、もっと違う目的だったと思う。
例えば、今の農林中金みたいな感じだろう。
郵貯のうん百兆円といわれた金をばら撒く?吸い取れるように改造したんじゃあねえの?

コイズミが議員を辞めたのは、悪政の責任の、その矛先を逸らす為だよな。
ブッシュにしても、アメリカの最低の支持率だという。
それに絶対服従・追従してきた責任は、何処へいったのか?
だからコイズミ君、辞めたのね。竹中も何処に行ったんだかね?

まーいいや、じゃあないが!!

マガリナリニモ、選挙という方法しか、参加出来ないし、それが唯一の方法だとしたら、俺達の次の手は、どうするのか?

早いところ、総選挙でジミントーを辞めさせないとね。

民主党がいい・・というか?未だ解らない。
でも、やらせてみる価値は、あると思う。
新党日本でも社民党でもいいんじゃあない?

どういう構造か解らないけれども、この狂った金融?っていうんですか?の馬鹿げた騒ぎ=極一部の連中の金稼ぎの道具にしてしまったことから抜け出すにはどうしたらいいのか?

税金という、自動的に巻き上げられるショバ代を本当に自分達の為に使うにはどうしたらいいのか?

って、本来そういうもののはずなのに、どうしてこうも一部の奴等の自動貯金箱にしてしまったのかね?

それは、「無関心」というとんでもない大罪をし続けさせられたからだ。

そういうように、「教わったから」だ。

日教組のせい?
とんでもない!!

クニの政策だよ。それしかないだろ!!



基本的人権を本当に実現出来る日常にしていくのは、どうするのか?

それを真面目にやればいいのさ!

自分達の強欲とどうやって折り合いをつけていくか?なのさ。

笑って生きていける日常を本当に求めるのか?どうか?ってことなんじゃあないかなあ?

しばらくはオバマ氏も逆境に叩き込まれるだろう。
それは、アメリカでも俺達も同じだね。

求める心を強く持つ。

それが、第一に必要な事だと思う。

それは、いつも試されていると思う。

さあ、俺達は、どうするんだ?

Wednesday, October 08, 2008

試行錯誤にてテストまたテスト!

どうも、最近思っていたことを少し方向転換してみようっと思っている。

基本的には、同じことなんだが。

自分の演奏スタイル?っていうのかな?
ある意味「テクノ化」という言葉が合っているかどうかは知らないが、そういうことを考えていた。
乱暴な言い方をすれば、エフェクターなどを使用してマニュアルでのテクノのニュアンス?みたいなことをしてみようと考えていた部分があった。

そこで、ちょっとやってみて「これ、ナンカ違う・・」と思い始めていた。

ああいうテクノみたいな音色は、嫌いじゃあナイのだよ。
むしろ好きなんだけれど。

これも乱暴な言い方だが、テクノがテクノたらんとするものは、一定の「機械的な」ビートというか、繰り返し・・ということなのかなあ?と思う。好きなんだけどね。

単純にエフェクターの使い方・・てことになるが、その自分の呪縛を解いてみようかな?と思った。
マニュアルで・・と思っていたことが、実はエフェクターに縛られることがあった。
簡単に言えば、テンポからの離脱?なのかな?

俺が思うところの一つのポイントは、偶然のドカン!っというか・・。
それは、全く計画されたシーケンスのものでも、ある時はあるし、完全インプロ??というものでも無い時には無い。

うー、ナンカ言っていることが、とっ散らかってきた。

しかし、具体的にトライの方向は、一つ見えてきた。

今度、試してみよう。

Tuesday, October 07, 2008

珍しい!連続投稿だす。

そー、たまにやるですね。連続投稿。
ま。そういうことで。

で、最近の読んだ雑誌のなかで、生きづらさ・・という特集があったのだが、そのなかで「なるほど!」っと思ったことがあった。

どちらかの社会学者のお二人が、同じような事を言っていたね。

曰く、一人は、俺達の「何でこのようになったか?」を見抜く社会学的想像力が無くなった・・と。
そして、もう一人は、本来ならば、この不公平な社会システムに手を取り合って怒りの声を上げるべきなのに、不毛なものになっている、と。

そうして強いものは、容赦無く搾取し、弱いものは更に弱いものを責め立てる心理的な構造になってしまった、と。

そうなんだ。

自己責任なんて、そう切り捨てられることが容易くなった社会?言い換えれば俺達の周りは、異常なんだ。
政治家がまず異常だろう?ある種の官僚・それからこの二つとグルになる輩。

税金や年金とか、塵も積もれば山・・というお宝を寄ってタカって食い潰した連中がいる。

彼等は、コクミンに真っ正直に向いていない。当然の事だ。

自分達だけが、美味いメシとカネと贅沢の限りと諸々の利権を吸い続ける為が、目的だから。
コクミンは、奴隷なのだ。

だから、ジミントーの政治は大失敗であって、だから800兆円もの赤字国債は、ジミントー政権の責任なのだ。

小泉前首相は、ジミントーをぶっ壊したのではなく、コクミン生活の基盤をぶっ壊したのだ。
だから、郵政民営化にしたって、この世界恐慌らしき様相を示し始めた状況に耐えられる訳は無いし、むしろそれに向かって差し出すことを可能にしてしまったのだ。
それが目的だったんだろう?

だって株だ。民営化ということは、上場すれば資金は流れてしまうという意味だと思う。
違うのだろうか?
だから政治責任を追及される前に、辞めたんだろう?
役目は終わったということだ。

この混乱は、かなりきな臭い気がする。

ここで革命とか、そんな声は挙げない。

では、どうするか?

どうやって生き延びるのか?

他人を蹴落とし、足を引っ張る時代を終わりにしなければならない。

俺達の出来ることは何だ?

俺達の望む姿は何だ?

安心と平和は、戦いの果てにあるものなのか?

それは対極のはずだ。

何がオカシイって、それは俺達自身の中にある欲望との折り合いのバランスが崩壊させられたのだ。
それを利用されているのだ。

明確な方法は無い。俺には未だ考えられない。
ただ、希望は、ある。

与えられた普通にあるものを見直して、それを転化させていく技術と心のような気がする。

もしかしたら、大変な時代に遭遇しているのかもしれない。

だが・・・・

「立てば半畳・寝れば一畳」なのだ。

質素・節約・倹約をまずしなければならないのは、政治家と一部の官僚とそれにマトワリつく連中だ。

俺達は、(会社は自分のものだと思っている恥知らずの社長とか不埒な輩以外は、)節約しまくっているから、カツカツなのだ。むしろ、あんた等も同じだ。
利用してるつもりが、利用されているってことだ。

ボンビーでもやるぞ!

俺達は、生きなければならない。

俺は、生きたい。

Monday, October 06, 2008

っんたくもぅ、つまらん!っていうか頭に来た!(またかい?)

あああ、もーツマランどころじゃあない!
些細な事で、頭クルクルパーじゃい!

頭に来やすくなったのは、これ歳のせい?かもしれないが・・

まあいい!それがどーしたこーした!

でだねえ。

またまたテレヴィねたですばってん。

あるバラエティ番組でのこと。

状況としては、さえない若い男がオンナを口説こうって時に、ギターも弾けないのに勢いでホラ吹いて「俺、バンドやっててギター弾いてんだ!で、今度ライブやるから聴きにきて」ってことらしかった。
で、その対処方法を番組スタッフが「面白おかしく」考えましょーってか、でっちあげましょーってなもんなんだが・・・

ここら辺で既に怒りのスイッチがスタンバってきちゃったのね、俺。

まーアホラシイからしょーがねえなあ・・ぐらいで観ていたつもりだったのだが。

対処法として、まず簡単な曲があります・・と。

へ?

へー、簡単な曲・・ねえ。
まーいいんじゃあねえ?

で、コードが3つくらいの曲は、いっぱいあります・・・と。

んー・・・?


例えばボブ・マーリーのGet up Stand up・・・




え?・・・・





怒りのスイッチ入りまくりになりましたー。



なんだとぅ!!!!

てめえ!よりによってブッコキやがったなあ!
ボブ・マーリー大先生の「Getup Standup」が、簡単なコードっていうか、コード3つで簡単な曲だとー?

あの魂の叫びを「簡単!」だとブッコクのかぁ!!

近くにあった何かをテレヴィの画面メガケテ投げつけてテレヴィを踏みつけ破壊しまくり窓から放り投げてって・・・そこまで出来なかった・・ですが。


あーあ、もー。

そんな間違ったどころじゃあない、ゲスな意向を音楽に向けやがって!!

そ・それも偉大なるボブ・マーリーに!!!

バッカモーン!!!

ゼイゼイハァハァ。

あのねぇ。。。

確かにね、女の子にモテタクテ、ギター弾いてもいいのよん。
誰だって、そう思って始めてるし、別にいいのよん。
俺だって、そう思ったのは少し・・いやかなり?・・いやだいぶ?・・いや全くそう思ったですよ。

でもね、やってみぃや!

ゼッンゼンそんなことになんねーんだから!

クッソー!

「上手くなってやる!」って、一生懸命練習また練習したってアータ。

Fのコード押さえられなくて、必死になって指つりそうになりながら練習したってアータ。

「ビブラートでオメーを泣かせてやるぜぃ!」って必死こいて練習したって、あーた。

「俺のチョーキングでオメーのハートをグィーンだぁぁあ!」とグっと捻ってやってみたら、指の爪と指先のお肉のところが裂けて血流そうとアータ!!


そうやっている隙に、好みの女の子は全員、ことごとく他のイケスカネエ男に持っていかれちまうんだから!!!



「あれ・・・?」




ってなことだよ。

いったい何万回「あれ?」っと思ったとおもってんだよ!
ええ?!









っていうか・・・
何を愚痴っているのでしょー俺は。




ヒジョーにキビシク・ムナシクナッテキマシタ・・・

キビシー・・・


もう寝ます。

面白くないねー全然!

テレヴィは、本当に見ていてツマランし、頭来ますなあ。

東こくば〇っだけ?このお人は、ある番組で「赤字国債を作ったのは、コクミンだ。」と言い切りましたねえ。
どうすか?これ?
それはタマンナイお言葉ですな。
選挙の時に、ジミントーが、「赤字国債バンバン発行して、後で皆さんに払ってもらいますよー!」って言って、それで選挙に勝ってってんでだったら、話は解る。
そうじゃあねえじゃんか!

誰も借金なんて負いたくも無い。

それを大多数の暴力でやりたい放題だったのは、ジミントーだろって?
だが、実際俺は、ジミントーなんかこれまで一票も入れたことは無いもんね。

それを「コクミンだ!」と言い切るアンタは、相当ダメな奴だな。

逆説的な意味合いで、コクミンが違う政党を選挙で選ばなかった・・のは、確かにそうだ。

でも、毎回の選挙の度に「赤字国債増やします!」なんて、誰もジミントーの人達は、言わなかったし、それをやったのは、他でもない「ジミントー」だぜ!

ああ!そうか!

俺は、選挙で選んでないから、赤字国債分は、関係無いんだよなー。
ジミントーを選挙で選んだ奴等が悪いんじゃネエ?
ジミントーを選んだ連中が払えばいいんだー。

っと、こういう論理になってしまうのだよ。
論点がズレズレなんだよ!東!

政権与党の責任ということなんだよ!明らかに失敗なんだよ!
それをコクミンだぁ?コクミンの責任だぁ?

では、社保庁は?
年金は?
賄賂は?
他にもズブズブな構図じゃんか?

アンタのいう現実路線とは、そのズブズブに飲み込まれ、そこで利権のオコボレで何とかしようってことなんかい?
800兆円もの赤字国債は、いったい何処に塗れて飲み込まれていったんだ?
コクミンに均等に配分されている訳無いじゃん!
コクミンのどういうお方に吸い込まれていったんだ?
絶対に均等に配分なんかじゃあない!

笑うっていうか、笑えネエし、最悪に面白くない!

Friday, October 03, 2008

吼えちゃった後は

必ず、反省です。
これもワンパターンですなー。

世界云々をああだぁこーだぁ言っても始まらない?というか、ホントはこうじゃね?と言いたいだけなんだよな。
別に詳しい裏付けがあるわけでも無し。
ほとんどっていうか、全て俺の思い込みでもある。

だが、サブプライムみたいなやり方を12年前ぐらいにこのクニでもやってたもんね。

「憧れの自宅・・自分の持ち家が持てる!」って触れ込みで、やたらに営業かけられたもんね。

その実態は、5年間は安い家賃並の返済で、5年後から「給料がアップするから」?返済金が2倍になる・・ていうやり方だった。

多くのボンビー達が飛びついて、その5年後、もろ不況が始まって、泣く泣く家を売ったり、借金マミレになって・・っていう状態だった。

このやり方そのものは、サブプライムと殆ど同じだと思うし、こんなもの「5年後に給料が上がる?」という、未来という不確定なものに対しての、余りにもずさんな見方だったものだ。
っというか、解るよな!ダメだって!こんなもの!

それを性懲りも無く?というか、確信犯的だと思うんだよねー。こんなのまたやるなんて!
サブプライムって、いつから仕掛けられたんだろう?

って言うか。

世界とか人間とかって、すぐ言ってしまうけれど。
でもね、それが実は凄い勢いでリンクしてしまっている感があるんだよね。
そうなんだけれど、イデオロギーとか?金融経済とか?いろんな評論家やウソツキコメンテーターなんかが言っているものは、同意出来る意見って、なかなか無いんだよね。

核心のところまで語れない・・というものを感じてしまうんだ。

誰もが核心なんて語れないのかもしれない。

でも、アメリカの原住民の人達が言ってた「精霊」のことや(多くは知らないよ!)昔のエライ人達の格言とか、凄いことを言ってるし、それこそ「ごく普通の庶民」が言っていた「こうだからこうなんだ・・」みたいなことって、「なるほどなぁ!!」とか思うのにね。

そういう意味では、人類っていうの?言い換えれば「俺達」っていうのは、精神的に進歩してないっと思ってしまう。
昔の人達って、偉いと思う。
そういう大事なものをどうやって繋げていけるのだろう?

そりゃ昔は、例えば(生きてた訳じゃあないから知らないけど)奴隷とか、悪い事もいっぱいあった。

でも、奴隷って考えると、その構図ってのは、ぐっと観る視点を引いて見るならば、「ほとんど同じ」とも思えるんだよね。
社会の構造とか、格差社会とか、今でも開発途上とかいって、搾取されるばっかりのところいっぱいだよな。
それは、構造的に見えないような、直接的?でない制度を作ったんじゃあないのかね。

では、俺達の基本的な願いって、なんだろう?

何が充足していれば、いいのだろう?

それは、まず生きるのに必要な食い物・水・空気と住むところが、明日の不安が無く、「ある」ということなんだろうね。

キョーサンっていうのは、基本的にそういうものだったのかな?
でも、実際は全然違うものになってしまったね。
多分、皆同じというものを強制してしまう構図だからダメなんじゃあないのかな。
つまり、権力の構図を元々認めてしまうという、盲点?があるんじゃあないかな。

もっと、その「願い」に近いものは、「社会保障制度が整っている」ということなんだろうね。

北欧諸国は、そういうものなんだろうか?
情報の断片では、そういう風に見えるね。
でも「本当のところ」はどうなんだろうか?

北欧は、税金がエライ高いっていうけれど、このクニの税金なんて、一部の連中だけの餌になっているだけじゃん!
IT革命?とかいって、住民基本台帳ってのは、なんなんだよ!
ただの税金の無駄遣いどころか、コクミン総背番号化・記号化でしかないじゃん!
それらは全部、政府・ジミントーがやってきたことだ。
それに群がっている奴等がやってきたことだ。
赤字国債のベラボーさ・・完全な失策なのに政府が全く責任取らないじゃん!
何が「自己責任」だっつーの!

高度経済成長とバブルで「踊らされて」、そして「吸い取られた」んだ。

誰に?

本当の悪人にだと思うよ。

だってね、カネを使うのは、人間だからさ。神さん・仏さんはイラネエはずだよな。


だからっていうか・・

何処のクニでも何処の団体でも大きなところから小さなところまで、いい奴もいれば、バカな奴もいるし、悪い奴もいるんだ。
それを浄化しようなんて、それこそおこがましい訳でさ。
浄化なんてのは、恐ろしい考えなんだ。
それをしようとすれば、たちまち権力サイドということになり、盲目的で狂信的なことになる。つまり、それは狂う・・ということだ。
だから思想統制や、しいてはロボトミーやら超警察コッカってんですか?みたいな超管理体制になっては、ダメなんだよな。俺はヤダよ。

宗教なんてのも、俺は知らないが、そこに属することが目的になってしまっていることが多いよね。
共通項があると、安心なんだろうかね?そこが問題で、共通項というものが、差別化を造る要因にもなるし、利用もされると思う。

多くの宗教は、根本は、きっと同じ事を言っているとも思うのだけれどね。
でも「私は違う!」とでも思うのだろうか?
それは別に、知りたくも無い。

エライ坊さんだとか、キリストさんとかブッダさんとかマホメッドさんとか?もっといるかな?
多分、ブッチャケで、ファンキーだと思うんだよなー。
で今現在では、どうだろうかね?
そういうところで勝負出来る人って、実は有名とか、そんな次元の人じゃあないと思う。

欲に塗れ、グダグダになっても、全然ダメダメでも、五分の魂をしっかり持ち続けられる奴って・・
ああ、これは、自分がそうなれればいいな!っていうものかぁ?



大先輩である、また師匠でもある古澤さんに、こんな事を言われた。

「言うんじゃあなくてさ!もっとこうでしょ?とかさ。こういう世界って、こういう感じっていいでしょ?っていう音楽をさ。音楽でさ、表していくんだよ!それを選んじゃったんだから。しょうがないんだよ。カネなんか無くてもさ。無いんだから。あたりまえなんだから。それ選んだんだから。」
酔っ払って、絞るように言っていた(いつも言っているんだけどね)。

その言葉、響いております。そう思います。

Wednesday, October 01, 2008

久しぶりのジジネタ

どーもね。
ここ最近のサブ何とかから始まった金融問題ってんですか?
これからが本番って訳なんだろうね。

ある週刊誌の冒頭のコラムニスト・・
こいつは、多分俺と同じくらいの歳なんだろうが、曰く「イデオロギーが無い」とか。。。

イデオロギー?
ナニナニ主義ってことですか?

シホンとかキョーサンとかって、アレですね?

しかし、そのどちらにしても、行き詰まりってことなんだろうっと思うが、どうだろう?
ナニナニ主義を掲げて・・って、一瞬わかり易い気がするけれど、どうもそれすら何か欠落しているように思う。
では、宗教ですか?

どーでしょーねー。

俺は、信心深いほうじゃあ全く無いので、解らんなあ。

言える事は、どんな主義をとろうとも、宗教であろうとも、人間の集団というものに「矛盾」はツキマトウってことだ。
人間って奴は「矛盾だらけ」なんだってことだ。

っという放つ前に、そうそう。
どんなシステムであろうと、必ず「格差」が出来てしまう。
一部の仕切る奴等がいて、後は「その他大勢」ってことだ。

この構図を忘れてんじゃあね?っと、そのコラムニストに言ってやりたい。

まあ、こんなコラムニストなんてどうでもいいが。

この現在の有様。
注意深く見守らなくてはならない。
ウォール街の一部の連中だけじゃあないってことだ。
金融・証券も保険も、そして財界も・・・
何に踊らされているか?ってことだ。

カネの価値。
これが、一体何であるか?

これの正体を知ることが必要な気がする。
信用とは何か?
俺達の、まあ下界?では、結構生々しいはずだ。

だが、銀行・金融・証券取引・しいては造幣局・・・

カネは、造れるって話だ。
簡単に言えば、増刷出来る。
インフレ?
そうだよね。

でも経済学者やギンコーマンに聞いてみるといいかもね。

その「信用」というものの正体をね。

株価という言い方がいいかもしれない。

そんなもんは、バクチと同じでしょ?

何故、価値というものが上下するのか?

株価が上がって儲ける奴もいる。
下がっても、儲ける奴がいるってことだ。

カネ・・金融なんてのは、道具だろうかね?

本当の本質は、生きる事に密接に繋がるもののところにある気がする。

それらを牛耳っているものは?

じゃあなければ、サブプライムなんて「バカ芝居」、誰が考えたんだ?

ってことだ。

最近では、こんな時期にタイミングよろしく、「俺は引退する。議員を辞める」なんて言ってる大マヌケがいるだろう?
あいつがデカイこと言ってた「郵政なんとか」って、何だ?

正体がバレル前にトンズラかましかよ!

それにも繋がっているよな。

多分。

こいつがやったことは、ジミントーをぶっ壊すじゃあなくて、俺達の生活を叩き潰した!ってことだ。
民営化にされた郵貯の預金が、世界?に流れ出る布石を作ったのが、コイズ〇ってことなんじゃあねえか?

ブッチュクンの悪巧み?

あいつはアメコミのヒーローになりたいだけの人形でしょ?

予定通りの使い捨てで、歴史にアホのレッテルを貼られる運命といういか?
そういう役者だったんでないの?

いやあ、俺もデカイ事ほざいてるねー。

実体経済のというか、生きる基本となるものは、食料と水と空気。

それとエネルギーだ。

厳しすぎる自然から、ありがたく頂戴するものを基本に考えていかなければ、このアホらしいドタバタに巻き込まれ、むやみに戦争するだけだ。

それが目的の一つか?

そうだよな。
最大の消費と供給ってことか?

きおつけよー。

Saturday, September 06, 2008

The man called ROIKI

なんちゃって英語で、タイトルを表記したけれど、これでいいのかな?
間違ったらはんずかしーな。

いやいや、最近になって、出会った男がいる。

そいつは、ROIKIと呼ばれている。

彼は、ブルーズ唄いだ。

ナショナルを抱えて、あのナントもいえない音を出して、唄う。

彼の存在を知ったのは、あるCDだった。
それを聴いたときには、その所謂「カントリーブルーズ」スタイルのギターに耳を奪われた。
あの雰囲気を自分のものとしている、その音に驚愕した。
そして、その男に興味を持った。

ある日、その男のライヴを観る機会に恵まれた。

何処だったかの、バーでのライヴ。
その場所では、響きがライヴ(音の反響がある状態)であったのだが、ギターにもヴォーカルにも、マイクは立っていなかったように記憶している。

そして、彼のヴォーカルの力強さに驚いた。
英語で唄われるブルーズのその感じ、雰囲気。
CDでは、勿論味わえないシロモノだった。

それから二年程、時は流れた。
そして、偶然にもまた彼のライヴを観た。

勿論のこと、あの素晴らしいギターと唄があった。
彼のステージでは、いつもの事なのだろう、少しというか、だいぶ酔っ払いながらのステージ。
そこで、また彼の奥深さを知った。
彼の自作の曲だ。

高知弁で語られる、トーキングスタイルの曲だったが、ぶっ飛ばされた。

その世界観。

言葉が出ない。

再会を喜び、そして酒を酌み交わした。
そして、「今度、俺に一緒にやらせてくれぃ!」と頼み込んだ。
っというか、酔っ払って「いいじゃねえかぃ!よー!」みたいな感じだったのかもしれん。

そして、そのライヴが先日実現した。

お客さんは少なかったが、でも、いい演奏が出来た。

彼のストレートなブルーズのスタイルのサウンドに、即興で雰囲気をつけていった。
時に寄り添い、またはアゲインストに。

彼のナショナルのサウンドをエレクトリックギターの音圧で潰さぬよう、または塗りたくったり。
現れては、埋もれたりしながら、奴のナショナルはグルーヴしていた。

いい音だった。

スライドバーの擦れる音がする。

奴が吼える。

酔っ払った奴のほころんだ顔が見えた。

唯一無比のナショナルの音と俺のギターが、ほんの少し時間と空間を共有していた。

ROIKIは、最高だ。




また、奴みたいにイカシタ・イカレタ奴もいる。
ブギーボーイイクトさんとかね。

カッコいいんだぜ!ブギーボーイはさ。
思いっきり、たった一人でサウンドをブギーをドライヴさせるんだ。
最高だよ。


これから、どんな奴に会えるんだろう?

カッコいい奴等と会えるといいな。

きっと会えるさ。

Tuesday, August 19, 2008

またやっちまったなぁ・・

先日、あるトイレに入ると個室から声がする。

「誰か~、ポケットティッシュ持ってないですかぁ~」

切実な場面なんだろうか?
とにかく緊急を要する感じが、伝わってくる。
大変なコトになっている可能性大なのか?

あいにく俺は小用を済ませて、行かなくちゃ!状態だったのだが。

周りの人は、何事も言わず、冷たい感じでその場を立ち去っていく。

そして中からの声がまた。

「どなたか・・」

「チェ!みんな聞かぬふりかよー!まいったなあ・・」

思わず、隣の個室に入ってトイレットペーパーを丸ごと取ってって・・・あれ?

防犯対策なのか、盗まれないようにか知らんが、取れない・・・んだ。

更に、先人のと思われる物凄ーいブツが真下にドカドカッと置いてある・・
置いてあるんだよー!!!!すごい量のがぁー!!!
やったら流せっつーんだ!ボケ-!!

オーマイガっつうか、タマンネエぜ!この状況。

こりゃダメだっと思い、申し訳ない!と思いつつその場を離れた。

凄い気になりつつも、その場を後にしたのだが、やっぱり気になる・気になる!

「そうだ!ポケットティッシュは無いけれど、隣のところからペーパーをクルクル回して分けてやればいいんじゃん!」と我ながらグッドアイデアと思いつつ(早く気がつけよ!俺!)、電球を頭の上で光らせながら?その場に戻る。

戻っちゃうんだよ!俺!

で、問題の場所へ。

だが、神(紙とも言うか?)は見捨てていなかった!

既に別の人が、隣のトイレから紙を渡していたところだった。(真下のブツは確認する勇気ありませんでした・・)

あー、良かった!

っと、「世の中捨てたもんじゃあねえなー!あっはっは!」

っと、再びその場を離れた俺だった。

最近、そんな、言ってみちゃえば「お人よし」の行動を立て続けにしてしまう。
てめえで、「しょうがねえな~、こんな事、俺がしなくたっていいんだよなぁ」と思いながらも何故か進んでっつうか、何だか解らないけれど、オセッカイをヤイテシマウ。

そういうことをやっても、大抵の場合、(俺からしてみれば)ワザワザ親切にしてやっても、相手の反応というかが、よく俺に伝わらない事が多い。
何か、モノとかで埋め合わせされても、ナンダカナア・・と思うのだ。
モノなんか、どっちかっつーと、いらねえんだよなー。
金?うーん・・・

そうなんだろうね。
一般的に、行為の代償を何で量るかは、イツノマニカ「カネ」になっているんじゃあねえのか?
っていうか、それが世に言う一般常識ナンデスカ?
ちょっと違うんでネエのか?
モノとかで埋め合わせをして、それを早く忘れたいってことなんじゃあねえのか?とか思う。
気持ちのエネルギーを伝えるのが、下手になったんでねえのか?
気持ちの埋め合わせってこと、ワカンネエのかねえ?
っと、思うこの頃なんですなー。
っといってもね、難しいことなんですよねぇ。


でもな!紙はイルンダヨ!!
ああ良かったねー。
(あたしゃあシューキョー関係者じゃあ無いですからって、念のため)

Saturday, July 19, 2008

こんなはずではなかった

気が付かない間に物事が、進んで?いる?
いつに間にやら、もんじゅが再稼動の準備を完了しているという。
つい最近、六ヶ所の核燃料再処理工場にて、ガラス固化が失敗になったばかりだというのに。

もんじゅが、性懲りも無くまた動き出そうとしていることに、ネットの書き込みたるや、見るに耐えない。
見なければいいのだが、しかし。

CO2だとか、地球環境悪化に乗じて、何か悪い動きが見える。
それは、全て一部の者だけの利益・利権に通じる動き。
だが、ネットにて反対するものに毒つく連中は、理解しようにも出来ない。

もう、クニ単位だとか、そんなもんじゃない。
実態は、そうだとしか思えないものなのに。
未だそんなものに囚われて、悪戯に中傷するだけ。
「あいつが悪い」「あのクニが・・」「後の事なんて知らない・関係無い」「もっと勉強しろ・・」だとか。

そこにあるのは、自分が当事者にならない・なる訳は無いという大前提だ。

「被害を被るのは、自分ではない」

そうだろうか?

そんなことが、ある訳は無い。

「被害を被る可能性は、絶対にある」という想像力の、絶望的な欠如だ。

産業革命以降の人間の欲望の途中結果でも、(実際には確定という訳にはいかないらしいが)地球温暖化が、いまそこにあるのだ。
そうでなくとも、公害などは、すぐそこにある。

それは、事実なのだ。

チェルノブイリしかり、スリーマイルしかり、ラアーグ・セラフィールド再処理工場の実態など。
実際にあることなのだ。

新潟の地震の停止中の原発などは、助かったのが不思議なくらいだ。

どんな建造物でも、M9以上の地震の耐性など、無いらしい。

それはそうだろう!

リスクはつき物だと言う。
それは、今まではそうだった。
今までそうだったから、こうなっている。
だから、今までと同じ・否それ以上のリスクを承知のツモリでは、ダメなのだ。
CO2にしても、結局、地球にお願いするしかないのだ。
珊瑚や植物性プランクトン・そして木・森林に頼るしか、方法は無い。
そう、その方法がアルのだ。

だが、猛毒のプルトニウムなどは、自然界に存在しない人為的に作られたものだ。
その処理方法を人類は、知らない。処理不可能なものだ。

それを少しでも出さないようにするしかない。

そんなものを後世に押し付けている現状だが、それでも少しでも出さないようにしなくてはならないと思うのは、的外れな現実に合わない・勘違いの・ダメな思いなのだろうか?

「では、電気はどうするのだ?そういうお前はエアコンを使うな!」と言う輩がいる。

だからといって、電力を使うからといって、あぐらをかき、無神経では、俺はいられないのだ。

ある書き込みに、究極の核融合とは、太陽だとするものがあった。
無尽蔵にエネルギーを放射している太陽こそ、そこからマクロではなく、ミクロというか、塵も積もれば山という発想で、エネルギーをもらう事が一番いいと。

そう思う。

本当に、人間自身のことを思い、後世のことに想いをはせるならば、その方法しか無いのではなかろうか?
そこに技術の粋を集中出来ないものなのだろうか?

人殺しの兵器を作るのを止めて、そうなれないのだろうか?

Tuesday, July 15, 2008

大出元信さん

ギタリストの大出元信さんが、亡くなってしまった。
ネイティブ・サンの名ギタリストであった。

俺にとっては、古澤さんのバンド「良治郎バンド」の広木さんと大出さんという、双璧のギタリストでもあり、古澤門下生の先輩にあたる人であった。

彼・大出さんは、なによりリズムギタリストであった。
活きたリズムをギターから放出させていた、非常に稀な存在だった。
あの独特なフォーム・・・右にちょっと身体をかしいでヒザを少し曲げながらテンポを取って弾くその姿が目に焼きついている。

絶頂期の良治郎バンドは、故川端民夫さんの重心のメチャクチャ低いベースと大出さんのバウンズするリズムギター、それから古澤御大の説明不必要のドラムで、なんとも懐の深いビートを作り出していた。
俺も何回か一緒に演奏させてもらったことがある。
そのときには、その懐の深く・広いビートにとても驚かされた記憶がある。

大出さんとは、もう十数年程前だったか、一緒に演奏したときに、もっとやりましょうよー!大出さーん!っと言ったら、「いやあ!泰三とはさ、一年に一回くらい会いたいって感じなー?あっはっは!」なんて、彼言っていたっけ。

そう、実は一週間程前くらいに、何となく大出さんのことをふと思い出していた。
何の理由も無く、ただ漠然と彼の事を思い出していたのだ。
一緒に演奏した風景の記憶と共に。
「どうしているかなあ?」と。

そして、訃報が届いた。

告別式に行って来た。

彼の、大出さんの表情は、安らかだった。
「よっ!久しぶり!まー、そんな訳でさ・・じゃあな!」なんて・・言い出すんじゃあないかってほどに。

お別れは、寂しくも悲しい。

涙が、溢れた。

さようなら。大出さん。

ご冥福をお祈りします。

Tuesday, July 08, 2008

自分の矛盾・人間の矛盾

俺自身、たかが一人の唯の人間であるから、当然のこと矛盾だらけだ。

おおっと!いきなり何を言い出すか?なんだが。

何かと自分は、こと原子力・・特に原発について嫌悪を露にしてきた。

俺は関東に住んでいるから近くにある原発といっても、東海村か御前崎にあるやつだ。
これは、発電用の東電だったり中電だったりのものだろうか。
もっと小さな研究炉は、もっと都心にもいっぱいあるんだろうね。ワカランが。

原子力に対する嫌悪。
やはり、子供の時からの「広島・長崎原爆・アメリカのビキニ環礁水爆実験の第五福竜丸被爆」の刷り込みであろうか。
それは、放射能という言葉に想像させられる、「見えざる恐怖」だと思う。
そして放射性物質から出る放射能の半減期の気の遠くなる期間。
数日からモノによっては何万年という半減期。
そんな猛毒のものをワザワザ人間が作り出す愚かさ。
更に決定的な事として、人間はこの放射能の毒性を消す術を持たない・ということだ。
そしてスリーマイル、チェルノブイリ原発の事故の事実。
チェルノブイリ原発事故後のヨーロッパ諸国に住む人達の絶望感の体験。これは、IMAバンドの初めてのヨーロッパツアーが、チェルノブイリ事故の1ヶ月後だったからだ。
現存する原発周辺の発ガン率の高さ、核再処理施設等の垂れ流す莫大な放射能量。
完璧に処理不可能な、そしてただ地下に埋めるしか方法の無い?高レベル放射能廃棄物。
そして体内濃縮。

放射能は、見えない。
放射性物質は、人間には扱えない。
一度チェルノブイリ級の事故が起きても、人間は対処は出来ない。
多くの犠牲者を出しながら、せいぜい事故が起きた原子炉をコンクリートで覆うのが、関の山だ。
安全では、決して無い。危険極まりない。
そんなものを何万年も管理出来るのか?
人類が登場して、未だ数万年だというのに。
だから嫌悪する。

人間は、矛盾だらけだ。

サミットと呼ばれる、各国首脳の唯の営業出来レースには、この人間の矛盾に対する「深い考察・反省」が皆無だ。
そもそもCO2にしても、産業革命以降の化石燃料の莫大な消費が原因だ。
60年代・70年代のこのクニの企業が撒き散らした「公害」への反省など、何処に行ったのだろうか?
低公害から極低公害へと、何故クニを挙げてシフト出来なかった・やらなかったのか?
石炭・石油・天然ガス等を燃やせば、CO2が出る。
原子力は、原子の核分裂反応によって莫大な熱が出て、更に人間の手に負えない放射能を放出する。

化石燃料を燃やして熱を得て、でも問題が起こっている。
温室効果ガス・CO2を人間の技術では減らすことが出来ないのだ。
更に人間の手に負えない原子力発電に「何故!」移行しようと談合するのか!
してはいけない大きな矛盾だ。

それは「欲の暴走」が成せる業・・災いだ。

自分の住む周辺には、大きな原子炉は無い・・のだろう。
川崎の麻生区だったかの研究炉の暴走事故は、知らなかった。
未だ近くに無いから、マダイイのかもしれない。
それがすぐ近くにあったら?もう出来てしまって本格操業を始めてしまったら?
自分がそこで働いていたら?仕事がそれしかなかったら?生活資金という縛りになっていたら?
今の貧困から抜け出せるとしたら?

クロのものをもシロといってしまうのだろうか・・・。

一体、エネルギーとは、誰のものなんだろうか?
必ず、オハチガまわって来るのは、絶対確実なことなんだろう。


温室効果ガス・・メタンガス等の消去する方法は、わからない。
CO2は、地球の長い営みによって=珊瑚・植物性プランクトン・森林・植物等によって酸素に変えられてきた。
だから、それらを大事にしてお願いするしか、方法は無い。

サミットに出席している連中の強欲丸出しの面をみるのも嫌だ。

何故、人間は優しくなれないんだろう?
優しいだけの人間は、何故潰されてしまうんだろう?

Monday, July 07, 2008

原発だって?!ビジネスなんて所詮アホだしよ!

さすがっつーか、こいつの背後というか、ビジネスっていうんですか?これ!というか。

呆れて呆れて、怒りが収まらないどころじゃあない、さすがのブッチュ君。

てめえのクニでは、サブプライム炸裂させて原油先物取引や穀物先物取引ってんですか?っつうか要は証券ですかねえ・・つまりイカサマ博打で世界中を混乱させるわ、国内では、自分の支持母体以外のカンケーネー奴等には、失業の嵐をプレゼントするわ、アフガン・イラク等世界中に戦争ビジネスを仕掛けまくっているわ・・・
つまり、ボンビー人から毟り取ってふんだくって、ボンビー人を殺しているって・・・

気持ち悪くなってきた。

悪の枢軸国の親玉なんだよな。おめーがよ!

で、CO2削減の手段として、テメーんとこではガソリンガバガバ使う・・ていうか、ついでに金儲けも仕掛けて(石油も穀物もメジャーっていえば、同じ系列じゃん!ラッキー!)バイオってもんで、え?CO2っすか?じゃあ原発にするって・・(原発・・ウランを仕切っているのも同じ系列だぜー!)

オメー!ホントに鬼畜だぜ!

最近の話じゃあ、あの六ヶ所の再処理工場での最後の段階の「高レベル放射能廃棄物」のガラス固化が、失敗したって話だ。

ガラス固化したから安全ってな訳は全く無くて、人間が近くにいたらスグオッチンジマウレベルの放射能をガンガン出しまくっているブツを行く行くは、地下300mに埋めちまうって、一体どうやってそれを管理し続ける事が出来るのかよ!
M9とか8のクラスの大地震が来たら、耐えれる訳無いじゃんか!
原発なんか、今だってそうだぜ。地震に耐えられない。そんな建造物は「存在し得ない!」んだ。
それも放射能の半減期(放射能の威力が半分になる期間)が、ものによっては数万年!とかのブツだぜ?!
管理なんて出来る訳無い!
CO2でも失敗!しているのに(人間の科学力なんてそんなもんだ)、更にバカを上塗りしようとね?
人類消したいのか?ワレ!

サミットってのは、このままじゃあ自分達もアレだし、一応ね、次世代以降の人達に少しでも負の遺産を減らす・だからCO2は、洒落になんないから減らそうぜ・・ってつもりが、やはり茶番劇どころじゃあない、アホダラ満載なメシ会ってことなんだよな。
税金の無駄!

ニュース見て、また腹立ったが、日本食をアピールだとぅ?!

食品偽装やら、アメリカ産BSE?牛肉をサンザン輸入するわ(お隣韓国では、国中で反対デモ!それが正しいだろ!)食料自給率が39%のくせしやがって、なにがアピールだってんだ!

そりゃ日本食最高だってーの!
メシに味噌汁・おしんこにメザシたまにはアジの開きね・・てのが、最高なんでえ!
それを原発やら六ヶ所核再処理工場とかで、放射能を海や空に垂れ流しで、何が食の安全だってんだ。
微量な?放射能でも、プランクトンがそれを取り込み、それを小さな魚・更に大きな魚の食物連鎖で体内濃縮されて、行き着くトコロは俺達に・・ってことなんだ。

だから、環境は「死活問題」なんだ。

それこそクニのバカらしいアホダラな方針なんか無視して、太陽光発電やら実験しているらしい水車発電(言ったべよー!)風力や波動発電・それに振動から発電する方法や重力を使う発電方法など、細かく小さく発電していくやり方に切り替えて、後は蓄電を効率良く出来るキャパシタの開発に向けて全力を尽くすべきなんだよ。
化石燃料を燃やしてお湯沸かして水蒸気でタービン回す方式(原発もそういうこと、お湯沸かすんだよ)は、ことごとく危険極まりないということだ。

以前、電力を自活しているドイツのある農村があるということを知ったが、ナント日本にもあるという!
100%電力自給かどうかは、判らなかったが、風力発電と家畜の糞尿からのメタンガスを利用しているとのこと。
これは、ドイツの農村と同じだね。
これを英断した元町長?村長?さん。

偉い!

貴方は、このクニの総理大臣?否勿論某アメ〇カ大統領や狂った政治屋どもなんかより、天文学的数字倍ほど偉い!

全国の自治体は、これを目指さない手は無いと思う。

心有るならば・・・ね。

それが、もう試されているんだ。

食料にしても、エネルギーにしてもマスが仕切るという支配から、脱却しなければ、大袈裟に言うけれど地球の?否人間の未来は無いよな。

地球は、どんなことがあってもしばらくは「ある」んだから。

Saturday, July 05, 2008

サミットって?

先日、地球温暖化の特集の番組を見た。

正直、どうしていいのかわからない・・と思った。

そこまで温暖化・・つまりCo2云々というより、人間の欲の行き着くトコロを垣間見たように思う。
それは、自滅ということだ。

いつの時代もそうだったのだろう。地球規模のタイムスパンでは、こういうことが幾重にも重なっていたのだはないか?
そんな、解ったようなことを言っても意味が無い。
解ってなんか無い。
体験していないのだから。
そして、これから体験してしまうのだろうか?

先の番組のキャスターが、言葉を投げかけた。「考えが甘いですか?」

もう、時間が無いかもしれない。でも少しでも何か出来ないか?悠長に馬鹿げたマネーゲームに嵩じて、地球を食い漁ってきてしまった。
俺は、そんな世界とは無縁といえばそうだ。
だが、それも全て人間という、厄介極まりないものの業なんだ。
普通に生きているつもりが、とてつもない環境破壊を招いているなんて、想像出来ないというのが「普通」というものだ。
普通って?

何だ??

イッタイゼンタイ、これは、この世の中というのは、何なんだ?

食い物でさえ、余計な薬品や偽装が「普通」だし、耐震偽装やら税金・年金偽装、コイズミが仕掛けた政策で、格差拡大をやすやすと認めて、今頃「騙された!」なんて週刊誌等がホザイテイル。
トチクルッタ輩が弱者に襲い掛かり、ネットで誹謗中傷の嵐。
サブプライムなんかは、崩壊して当然の時限爆弾の一つだったんだろう。
それと連動する、原油先物取引や食料の高騰・・こりゃあ、仕掛けやがったな!と思って当然なんじゃあないか?
市場原理とかなんて、訳のワカラナイ「言い訳」だろう。

その番組で、アフリカのある国の状況が映された。
バイオエタノールに翻弄され、喰うものが無く、それに追い討ちをかけるが如く、石油資本によって骨までしゃぶり尽くそうとされている状況。
現場の責任者の力無い言い訳が空しく響く。
「それでも少しでも金になれば・・」
それを仕掛けるのは、遠く離れた居心地のいい場所にノウノウト贅沢の極みを貪っている一握りの輩達だ。
俺達もその所業の一端を背負わされている。

クニなんて!

コクエキなんて!

結局は、弱いものから力任せに搾取・ぶん取るだけのシステムに支配されている。

俺達は、ようやくそれに気がついても、連中はただ、ニヤニヤとするだけだろう。
「それがどうした?初めからそういうことなのだ。」と嘯いているに違いない。

ほとんどの人間は、くだらなくともグチャグチャとへばりついて小競り合いをしながらも、生きているに過ぎない。
言ってみれば、そんなのは、イトオシイもんだ。

でも、それらを徹底的に操り・搾取しまくる、ほんの一握りの輩が、本物のワルなんだ。

その出来レースのサミットが開かれる。

連中の言い訳なんか、聞きたくも無い。



「パンドラの箱」を開けてしまったのか?
でも、それが何を意味するかは、俺達には解らない。
気が付くのは、気象状況の激烈な変化に右往左往するときだろう。

天変地異には、人間は逆らえないのだ。

それこそ、誰だって逆らえない。

Monday, June 30, 2008

魅惑のポイント

っていうのかな?
というのは、自分が、音楽というものの一体何処らへんに「引っかかって」ドンドンとハマッテいったのだろうか?とボンヤリと思いを巡らせた。

まあギター弾きであるからして、そのへんなんだけれど。

で、衝撃の原体験は、以前にも書いたような気がする。
これから書くことも、まあ書いた事があるやもしれん。
ま、前置きはいいや。

で、「音色」。
ネイロと言ったほうが、何となくしっくりくる。
そのネイロ・・ギターの音色にはまったのは、デュアン・オールマンのギターだった。
英語の発音に近い言い方だと、デュエイン・オールマンなのかもしれないが、デュアンにさせていただく。
この人のレスポールスタンダード&マーシャルの音色は、不思議だ。
一般的には、ロックスライドギターの元祖みたいに言われている。
二十歳までの自分は、デュアンになりたかった。
でも、二十歳のとある日に「なれる訳無い!」と思った。ま、それはいいとして。

デュアンの音色は、レスポール弾きの他のギタリストの誰とも違った。
まあ、その時代の代表的なギタリスト達は、それぞれ個性的な音色を持っていたのだが、デュアンの音色には、本当にノックアウトされた。
あるときは叫び、そして唸ったり、その粘りながらもシャープな独特なフレージングというか、隅から隅までコピーしたくなった。
アコースティックはコピー出来なかったけれど、エレキのほうは大体コピーしたつもりだった。
つもりというのも、最近改めて聴いてみると「全然違う」ので、ビックラこいたんだけれども。
よくあることで、音色を同じにしたい=同じ機材にする・・てのがあるが、ある程度当たっているのだが、これ全く的外れということでもある。
二十歳で新品のギブソン・レスポールスタンダードを月賦で買うが、デュアンの1959年製のそれとスリーピース・デカイヘッドの自分のレスポールには、雲泥の差があるっちゃあそうだ。
二十歳の当時には、マーシャルまで買える余裕なんて全く無かったし、そういう機材だぁスペックだぁという問題じゃあないことは、解っていた。
だって、マッスルショールズでのセッションマン時代のデュアンは、ストラトでも「同じ」音だったもんなあ。
ストラトキャスターとレスポールでは、ギター本来の音色・キャラクターは違うが、肝心なところは、デュアンが弾くとこうなる!ということだった。
「ビロードのように滑らかで、なおかつ鋼鉄のような音の強さ」と評される彼のトーンに夢中だった。
コピーをしていて驚いたのが、フレーズの隅々まで貫いている「スピード感」というか、細かいヴィブラートやニュアンスに驚愕しっぱなしだった。
特にスライドでは、何かのニュアンスに近いなあ・・と思ったのが、ブルーズハープ・ハーモニカっていうのかな?
ああ!そうなんだ!っと自分で勝手に思っていた。
デュアンのスライドは(勝手に決めつけるけれど)エルモア・ジェイムス直系であろう。
エルモアのスライドをヒントにしたことは、間違いは無いとは思う。
勿論その要素だけでは無いだろうけれど、いろんな要素がデュアンの中で交じり合い、そうして出来たスタイルだと思う。
その中で興味深いのは、ジェフ・ベックの影響だ。
トリッキーと評されるジェフではある。
というのは、彼の持つスピード感が、そう思わせる。
おそらくデュアンもそこんところに影響されたのではないか?。
そして、ジェフのスライドもブルーズハープからの影響が聴き取れる。
デュアンが、ジェフ・ベックに夢中だったというグレッグだったかの証言もあった。
スピード感・・ジェフとデュアンに共通するスピード感とは、音本来の持つスピードもあるが、フレーズの切り替えしというか?鞭のようにしなやかに・またシャープに切り返すような感じがあると思う。
またデュアンは、自身が育った土地柄というのか?そんな大らかさを持っていた。
また驚かされたのが、オールマンズの「イート・ア・ピーチ」の「マウンテンジャム」でのディッキーのソロ時のデュアンの16ビートカッティングのスピード感・グルーヴ感だった。
これもまた、鞭のようにしなやかであり、シャープに切り返すような感じのものだ。
ディッキーの「大ノリ」のソロに対してのあの重厚なリズムセクションのコール&レスポンス。音を埋め尽くさない、絶妙なポイントでのバウンジーなカッティングは、明らかにバンドを仕切るリズムを放出していた。
オールマンズのスタジオ盤のファーストやらセカンドなどを改めて聴き込むと、そこかしこにデュアンのギターがあった。
弾く一音一音が、意味の有るというのだろうか?音楽に深さを与えていく・・そういう演奏をしていたのが驚異だった。
マッスルショールズで、ウィルソン・ピケットなどに気に入られる訳だ。

言ってみれば、俺はそこから所謂「リズムギター」というものに注目し始めた。
レスポールを持つ前の高校生の頃だ。

話は前後するが、ジミヘン等は耳に入っていたが、チュウガキの頃からブルーズというものに興味を持ち始めて、それ以来しばらく、「シャッフル」というリズムのヘヴィーさに取り付かれていた。
特に、エルモア・ジェイムスのバンドサウンドのグルーヴには、驚かされた。
粘る・跳ねる・揺らす・・まるで魂を鷲掴みされたような感覚を覚えた。
でも、自分でやってみると全然そうはいかない・・・

謎だった。

チャックベリーの秘密に気がついたのは、この頃だったに思う。
4ビートをバックに楕円の8ビートのアイデア・・!
気が付いたときには、本当にビックリして敬服した。
だから8ビートでもスウィングするんだ!
スウィンギーな8ビートはキモチイイ。だけど再現するには、相当難しい!!
アメリカの南部のバンド連中は、染み付いている感があるね。
でも、ストーンズやらイギリスのバンドも大したもんだ!本当に凄い!
意外な?ところで、マークボランもスゴクイカシタバウンジーな8ビートを知っている。
ゲットイットオンのギターリフなんて、シンプルだけど難しいぜ!そしてカッコイイ!
あの雰囲気が出せるか???

デュアンのギター・エルモアジェイムスバンドの得体の知れない狂おしい乗り・ジミヘンドリックスの聴く物全てを飲み込んでいく魔力・スティーヴクロッパーのリズムカッティングとMGズのノリ・アルジャクソンのタイミング・ボブマーリーの驚異的な一発のカッティングっていうか存在・ウェイラーズのトンデモナイグルーヴ・フェラクティのネイティヴ且つ大胆なリズム・アフリカのパーカッショングループの驚異的なノリ・アジアのノリ・世界中あらゆるところにある魅惑的なノリ・・・雰囲気!・・音楽!!!
世界中に、そこにヒトが活き、旨いものを考えて喰って活き、そして生まれる魅惑的な音楽!!



きりが無い!

直線的な縦割りのスクエアなテクノもいいものはいっぱいアルけれど、俺が持っていかれるのは、大概「バウンジーな跳ねもん」っていうんですか?

粘って跳ねて楕円で回転している感じ・・なんだよなあ。

ちょっとこれを、やっぱり突き詰めたいっと思っているのだね。

俺ね。

Tuesday, June 17, 2008

彼の言葉

最近、ギターマガジンに掲載されていたギタリストの「ワーワーワトソン」のインタビューを読んだ。
インタビューワーの某氏の意向と関係なく、独白のような感じだったという。
その文章を読むに、確かにそんな感じだ。
というより、哲学者の話・もしくは歴史の語りべの話を聞いているような感じといおうか。
彼「ワーワーワトソン」氏の生きていた言葉であった感がある。

その言葉の中で、最も印象深かったセリフがある。
勿論その言葉は、彼の語った言葉の意訳でもあるし、インタビューを直接聞いてリアルに感じたものでは無いし、そういう意味で正確なものでもないだろう。
しかし俺は、その言葉に、書店で立ち読みしていたニモカカワラズ、「イエイ!」と反応してしまった。

曰く「俺は、苦しみを乗り越えてきた。グルーヴにハマッテいるからな。」

インタビューの語りの流れがあるので、ここだけをピックアップしても、ピンとはこないであろう。
でも、俺はとても感銘を受けた。
何回も読み直して、感動しまくってしまった。

彼は、自身でも言っているように、リズムギタリストだ。
ここで俺が、多くの言葉を飾り立てようとしても何の意味も持たない、偉大なギタリストだ。

リズム・・・

一般的には、音楽の三要素というのだろうか?
メロディ・和音・リズムといった認識をされているのだろうか?
思うに、この三要素というものの中で優位性があるのは、一般的にはメロディと思われているように感じる。
そして、メロディを補佐するものとして、和音でありリズムであるとの認識のように感じる。
そうなんだろうか?
それに対しては、違和感を持っている。
音楽とは、何か?という、普遍的な大きな命題に俺のような稚拙な者が、解ったような事は言いたく無い。
だがあえて言うならば、思うにリズムとはベーシックなものと捉えられているから、その重要性が目立たないのだろう。
ベーシックであるし、そして「いい感じ」を出現させることの出来る、大きな力でもある。
むしろ、リズムというものが、音楽を音楽とする大きな力の一つだと思っている。

メロディ・和音が変化していくには、流れが必要なのだ。
音が生きていくには、時間軸の経過・変化が必要なのだ。
時間軸の経過・変化そして流れが無ければ、音は成立しないのではなかろうか?
つまりは、リズムに支配されている・・と思う。
例えば、あるメロディを歌うとしよう。
音程を変化させるには、リズムが無ければ出来ないでしょう?
変化させなくても、同じ音程で出し続けても、音の長さ・つまりは「リズム」が無いと出来ない。
同じように、和音にしても同様なこと。
一般的には、リズムが感じられないとする「雅楽」にしても、一拍という「解りやすい決まったテンポ」というものではないが、音の長さ・つまりリズムがある。
だから当たっているかどうかは知らないが、あえて支配という言葉を使った。
でも、コンピューターでさっさと打ち込んでリズムを作ることも出来る。
では、それが「いい感じ」を持っている音楽となるか?
そうはいかない・・っというのが、音楽の厳しいハードルだ。
どれもこれも切り離して考えるものではないが、パーツ(なんて考えるのはアホだけれど)で捉えるならば、音色をどうやってリズムにするか?というのか。

というところで、行き詰まってしまった。
「何か」をブチ込まないとダメなんだよな。

こんなことを解ったように言いたくないんだが、どうしても避けて通れない。
何が言いたいのかというと、リズムに対する認識の不足感というのか?
つまりは、例えばリズムセクションに対しての思われ方が不足に感じている。

でも、ワトソン氏曰く、「それでいいんだ。」と。

「いい!」と思ってくれれば、それが全てだと、その為に俺はプレイすると氏は言う。

その献身というのか?

その思いの片鱗を彼の言葉に垣間見た気がした。

先日、惜しくも亡くなってしまったボ・ディドリー氏の映像を見た。
彼のギターのリズムは、とてつもない。
ギター云々という次元ではない。
ワーワーワトソン氏のリズムギターにも、「それ」を感じてしまう。

向かう処。

俺の行きたいトコロは、「そこ」なんだ。

Thursday, June 05, 2008

締め付け

最近、原油高とかで、ガソリン等の値段が上がっている。
かつて20年程前にも、レギュラーガソリン・リッター180円というのが、一瞬あったように思うが、今現在のこの状態は、たまったものではない。

というのも、ニューヨークとかの取引では、連日最高値を更新・・とか、あほんだらな状態だからだ。つまりはもっと上がるってことか。

サブプライムやらから始まった金融不安をネタに、原油の生産調整で価格高騰させ、更にはガソリンの代わりとしてバイオ燃料・・つまりトウモロコシ等から燃料を作ろうとしている為に、世界中の穀物の値段が上がるという。

これは、利益が最終的に「何処に流れるか?」ってのが、ミソだよな。

金融・石油そしてエネルギー・食料の「元締め」は、誰か?っていうことでもある。

そしてこのクニの税金とやら・・・

これだけデタラメな、言うならば税金というお財布を好き勝手に使いたい放題使わせている「俺達」というのは、大問題だよ。

お隣の韓国では、アメリカからの輸入牛肉に危険部分が少しでも混入されたとたんに、輸入禁止措置はとるし、それを政府がやらなければ、大規模なデモになる。

でも、このニホンっていうクニは、何にも関心が皆無で牛肉を食いまくっている。
メディアなんて、すぐ黙っちまうし、ましてやハッキリと言わないし。

政府は、アメリカを怒らせない・・というより、ハッキリというならば「植民地」という態度だ。

では、アメリカっていうのは、よくは知らないが貧富の格差が、もうどうにもならないらしい。
というより、そうさせている。
このクニも、コイズミがそれを自国民に押し付け、仕上げた。
今更(でもまだいいが)それを週刊誌が「騙された」なんて・・
遅いよ!!まあ、言えなかったんだろうねぇ・・


サブプライム問題の根幹は、そのあまりお金の無い層を狙い撃ちした感がある。
そうなりゃ「こうなる」だろう。
所謂「金融専門家」や「経済学者」に聞けば、「当たり前だ」となるはずだ。

かつて90年代にも、このクニで、同じような不動産バブルがあった。
クダラナイ「中流」とかいう幻想に踊らされて、金も無いのに多大な借金をして住宅を買い(5年間は少ないローンでそれ以降に払う金額が倍増するシステム)そしてバブルがはじけて、5年後に倍増したローンを返済不能になった人達の自己破産が、やたらとあったのだ。

これって、サブプライムと確か同じようなシステムだったと思う。

モトイ。


税金の使われ方。

デタラメなのだ。

それで、後期高齢者等の健康保険問題やら年金の財源なんて何も無い問題やら、各省庁・各自治体等の税金の無駄使い・・・

それで、タバコを1000円にしろだとー!
何で税金を更に上乗せするんだね?
タバコを作って売ってるのは、どこのどいつだ?
半官半民の組織だろ!
健康に著しく悪いというならば、生産・販売中止とするのが、まだ道理ってもんじゃあないのか?
何で1000円っていう、発想なのか?
イギリスだかの真似か?

消費税を上げるだと!

それならば、役人の徹底整理と政党補助金などの前面撤廃、政党への献金全面禁止し、献金は国庫に全額入金・政治家の給料前面撤廃・各省庁・天下り先に第三者監査機関の投入にて無駄使いの全容洗い出し・違反者の懲戒解雇・・・つまり「膿」を出し切った後に考えてやる。
それよりも一般会計ではなく、特別会計に、先ずはメスを入れる。

何思っているのか全然解らない、このクニの人達は、もう我慢は止めないといけない。
「他人事なんて、関係ねえよ!」としたメンタリティに「されちまった」のも、しょうがないっちゃあしょうがない。
でも、このままでは、済まないよ。

関係の無いはずの「自分達」にも、確実に締め付けの手綱がクビに回っているんだ。
原発がある地方の人達みたいに、仕事が無い足元を見られ、いやらしくも金で生活に脅し・締め付けをかけられているんだ。

このクニが平和だって?

地震災害の危険度じゃあ、東京圏は、世界最悪・ダントツ1位なんだよって。

オリンピックをやろうなんて税金の無駄使い甚だしいし地震で危ないし。

だから・・こういうトコロに生きているんだよ。
俺達はさ。

Tuesday, June 03, 2008

ボ・ディドリー

ネットのニュースで、彼が亡くなってしまったことを知った。

今年の自分の誕生日セッションのときに、ドラマーの嶋田吉隆氏からのプレゼントが、ボ・ディドリーさんの直筆サイン入りの写真だった。

最近、何かとその写真が気になっていたのだが。

嶋田氏は、4年程前に日本に帰国する前にボ・ディドリーバンドのレギュラードラマーだった。
去年の暮れに、彼を見舞いに行った時は、嶋田氏を見るなり喜んで、元気そうだったらしい。
その時にサインを貰ったという。

今では、遺影となってしまったその写真。

その表情は、柔らかくも威厳がある、いい顔だ。

嶋田氏にかつて聞いてみた。

T「ボおじちゃんはさ、どんな感じなんだい?」
S「そーだなー・・アフリカ人・・かな?」

きっと、あの四角いボ・ディドリースペシャルギターを弾き始めれば、何処までもグルーヴが続く・・そんな姿が目に浮かんだ。

ああ・・そうなんだよなあ。
そんな生涯だったのだろうか。

ご冥福をお祈りします。

Monday, May 19, 2008

自然には、かなわない。

至極当たり前なことなのだが、それを思い知らされるというか、叩きつけられている感がある。

あのインドネシアの大地震しかり、ミャンマーのサイクロン・そして四川大地震。

犠牲者の方達におかれましては、ただただ、心からご冥福をお祈り申し上げます。

それにしても、この自然災害がもたらす人的災害、更に二次災害のことを考えるに、オトシどころなどというものではないが、「人間」というものの実態が浮き彫りにされるように思ってしまう。
こんなことを悠長に言えることじたい、他人事という大変に申し訳ないことなのだ。
災害の現地・更に災害に遭われてしまわれた人達の思いとは、自分がかけ離れてしまっていることを忘れてはならない。
勿論、当事者と同じになど、なれる訳ではない。

傍観者である自分は、言葉に気をつけなければならない。

そして、この自然災害・・特に大地震は、将来必ず起こるであろうというものなのだ。

スマトラ沖大地震で、M9!
四川大地震で、M8!

マグニチュードとは、地震の規模を表す値らしいが、我々には、解りにくい。
先の阪神淡路大震災で、M7だったであろうか?
四川の地震は、この阪神大震災のエネルギーの30倍だという。
そしてスマトラ沖地震は、20世紀以降の地震として最大規模のチリ地震と同程度の規模であったという。

地震ではないが、サイクロンでの多大な被害に遭われていると考えられている、ミャンマーでは、そのサイクロンの高潮が、海岸より40km奥地まで、3mの高潮が襲ったという。
これは、ネットニュースの断片のウル覚えであるが、確かそのような記事を見た。

人間は、地球に住まわせてもらっている。
活かさせて、もらっている。

それは、明らかな事実・・と、アラタメテ言わなくても「事実」なのだ。

しかし、思うことは、この大規模な災害に対して、先ず何を差し置いても、迅速な人道的支援が「行われるか・否か?」だ。
クニとやらの実態が見えてくる。
人々をドウ扱うか?ドウ大切にしているか?が、問題なのだ。
そして、こういう自然災害には、人的災害がツキマトウ。
とにかく、人々の救済処置を強く望みます。
早く助けてあげてください。

このニホンというものを考えてみれば、四川大地震並みの地震は、南海・東南海地震が連鎖的に同時に起これば、同程度の地震となるらしい。

M8クラスの大地震に対して、耐震偽装を言われてまもないニホンは、大丈夫なはずはある訳は無かろう。
そして、先の新潟の地震においても刈羽原発のことを考えれば、なおさら恐ろしい。

そう、耐震建築などというものは、直撃に出会ってしまえば、ひとたまりも無いはずだ。
原発で言えば、ニホンは、全国に55基存在し、更に六ヶ所の核再処理工場や研究用の原子炉とか、云々。

考えたらキリがない。


そう!

キリが無いほど、何かあったら危険な状態なのだ!ということだ。このニホンは。
忘れてはならない。
阪神淡路・中越地震・三宅島・雲仙岳・・・そう書いている自分でさえ、既に忘れている!!

しかし、政治家は、決して忘れてはならない。

今、この瞬間に大規模災害が起こるかもしれないことを。
そして、その時までに「何をしなければならないか?」を知らなければならない。