Wednesday, April 11, 2012

子供達へ何を残せられるのか?

私達は、子供達に何を残す事が出来るのだろう?

これは、とても重たい課題だ。

私の両親達は、戦後の焼け野原に愕然としながらも、しゃにむに働き復興を遂げてきた。
明るい未来を見ようとしてきたのだと思う。
昭和の高度成長期は、そう信じて疑わずに皆働いてきたのだろう。

それが、臨界点となったバブル期。

バブルがはじけて、如何になったか?

その反省をするのを未だに拒否していたのではないか?

そして去年の311.

それに縋りつき、まだ成長という言葉の真の意味を図りきれない人達がいるように思う。

突然の大震災。

そして、原発が爆発したのだ。

放射能汚染の実態は、まだ実感として認識出来ないということなのだ。
だから、「何も変わらない」ということではない。
実際に、一番の懸念される、ふくいちの4号機が、今後どうなるのか?が問題。

これは、大げさなのか?
いや、人類にとって大変な脅威そのものではなかろうか?

こんなことは、人類にかつて無かったことだろう。
パンドラの箱を開けてしまったのか?
解らない。
正直、解らない。

全くのズブの素人である自分が、思う事。
それは、全原発の即時稼動停止。
そして、全ての核燃料棒の安全。

作ってしまった核燃料棒は、未使用であろうとも使用済みであろうとも、厳重に保管しなければならない。
完璧な処理方法が、不可能なのだから。
完全な解毒処理が、不可能なのだから。

それこそ安全に・永遠に冷やし続けなければならない。
それすらも、全く未知数。

でも、もう、それは「あるもの」なのだ。

だから、これ以上「それ」を増やしてはならない。

それが出来うるか否か?

それが、今の大人達に課せられた大きくも重たい課題だ。

私達の子供達の為に。

未来の為に。