Tuesday, November 21, 2006

くだらねえこと言ってんじゃあネエよ

ある雑誌の、こいつはテレヴィとかに出てくる奴のコメントのページがある。
こいつ、俺より歳は1歳下だ。
「イジメ」のことで、奴曰く「国家がファイティングポーズをしてないから、子供達もファイティングポーズを取れない・やり方を知らない」ときた。

オメエ!それだったら俺達の年代だって、そうだったろうがよ!
何で?イジメの問題が、集団的自衛権に結びつくのか?(そう書いてあった)
理解不能だ。
俺が、理解不能だからか?

オマエの師匠のイラクで亡くなってしまわれたジャーナリストの方の魂を何と心得る?!

クニという形態の概略とか、決め事とか、そんなものなど役に立ってなかったではないか!
それが個人の生きていく上での決定必要事項のように、何でそんな事書いているか?

確かに「まつりごと」というのは、実際に個人にマトワリ着いてくる。
むしろこの状況は、個人がこの事を解らないで、無視して、面倒くさがって、蔑ろにしてきた現われの一つであろう。
「個人の人権の確立」が、蔑ろにされてきたからだ。
決して「集団的自衛権」の話ではない。
むしろ、集団的自衛権などというものも、個人の人権確立がなされていなければ、クニに利用されるだけの話だ。

モラルハザード・・モラルの崩壊と言われて久しい。

人としての基盤とは何か?

生きていれば、様々な局面に対峙せざるを得ない。
いろんな試練が待ち受けている。
たった一人になったときに、そいつは何を頼りにするのか?
何によって屹立しようとするのか?出来るのか?

「如何に愛されたか?」でしか無いだろう!

アイだろ?アイ!

そんなナマッチョロイ事言ってんじゃあネエよ!なんて思う輩が居るとは思う。

こんなことを口にするのも、勇気がいるのだ。

弱り果てているものには、唯、抱きしめるしかないだろう?

「お前は、大丈夫だ!」と、抱きしめるしかないだろう?

自分達の授業参観の時には、やたら緊張して、背筋真っ直ぐにして、このときばかりはと、マジメに授業を受けてたつもりだった自分達が、「親」なんかになったとたんに、ガキの授業参観では自分達「親」が、ベラベラクッチャべリ、授業の邪魔をしている。

ガキに集団的自衛権どうの?じゃあねえよ!

てめえの仕事・日常で、イジメタリ・虐められたりしてんだろうがよ!

ガキにテレヴィゲームなんかさせてんじゃあねえよ!
棒っきれ一つが、バスになったり、飛行機になったり、剣になったりの「創造性」をゲームなんていう、オトナがデザイン?否、仕組んだ、くだらんものなんかを与えてんじゃあネエよ!

ガキ同士の「遊び」で、人間関係を実際に経験して喧嘩したり、泣かされたり、笑ったり、楽しむことが出来なくなっちまったからだよ。

遊び場が無くなっちまったんだよ!土地の有効利用だか何だか知らないが、結局儲けに走っただけだろうがよ。
ゲームセンター?金が無いと出来ねえんだよ!

電車の中で、爺さん・婆さん立たせて、股おっぴろげで携帯いじってるガキやらカッコばっかのヤリ手リーマンやら寝たフリのクソOLやらガキに靴も脱がさないでイスに座らせてイスを汚してるのも見て見ぬフリのバカアホ母親やら泣き喚いて抱いてくれとせがんでるガキを冷たい目で見下している糞母親やら金と権力と女にウツツをヌカシテルあほな馬鹿社長どもやらそれに群がって股広げちまうクダラネエオンナドモやら・・・

本当にマジメに気持ちいいこと知らないんだろがよ!

気持ちが、感覚が、安っぽく金に換算出来ないものしか、反応出来なくなっちまったんだろうがよ!

タマシイの充足感を知らない・解らない・否定したからだろうがよ!

安易に「シュウキョウ」なんかにハマッテンジャアねえよ!
ぼったくりの片棒担いでんじゃあネエよ!

自分で・自分一人で探すものだ。続けていくもんだ。
その先には、「嬉しい」が無いと出来ねえんだ。

嬉しいとは、最初に何が・何によって経験するんだよ!
それがなければ生きていけねえんだよ!

何も解っちゃあいねえじゃんかよ!

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